―――薔薇の子供が生まれた。
その知らせは、一族中、業界中に瞬く間に広がった。
吸血鬼ハンターの家系の中でも、指折りの名家。
御神楽の家に薔薇の子供が生まれたと。
滅するものの家に生まれながら、その力を持たないもの。
ただその血液は、魔性の者をこの上なく惹きつけ、魅了してやまない。
何百年かに一度、生まれてくるという。
―――ただ、贄となるしか術のない、力持たぬもの。
生まれ出てきたその子供は、血のごとき赤い薔薇の刻印を抱いていた。
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本家に薔薇の子供が生まれたと。
その知らせを受けた時、俺は一人モナコにいた。
仕事を終えた空も白みはじめる明け方。
たちの悪い吸血鬼を一匹、殺したばかりだった。
現地の協会の人間から報酬を受け取って、書類にサインをしていた時。
「旦那、聞いたかい? あのミカグラにローズ・ブラッディが生まれたんだってよ」
「ローズ・ブラッディ? ―――ああ、薔薇の子供か」
ペンを走らせながら、半ば上の空でそれを聞く。
御神楽という単語は現地なまりで聞き取りにくく、認識できずに尋ね返す。
「ローズ・ブラッディがどうしたって?」
「生まれたんだよ。噂じゃ五百年ぶりだそうだ。しかもジャパンのミカグラと言やあ、この業界でも知らないものはいない名家だ。そりゃあ大騒ぎだろうさ。そういや旦那もジャパニーズだったな。カガリとかなんとか………」
「―――御神楽だと?」
書いていたペンを止めた。
異国の地で思いがけず聞いた本家の名前。
しかもその内容は、決して喜ばしいものではなくて。
詳しい話を問いただしたが、得られる情報はほとんどなかった。
そんな俺に至急の帰国を促す連絡が入ったのは、太陽が顔を出してすぐのことだった。
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「この事態をなんとする」
長老の一人の、重々しい言葉が響く。
帰国してすぐ。
本家の座敷に集まっていたのは、当主夫妻と長老衆、各傍系の代表者と、一族から出した協会の人間が若干名だった。
当主夫人の腕には生まれて間もない赤ん坊が抱かれている。
異様な雰囲気にも泣き出すことのないその子供の左肩の後ろに、赤い血のごとき薔薇の刻印が刻まれていることを確認したのはついさきほどのこと。
誰もが、その瞬間に失望の色を見せた。
「薔薇の子供など………御神楽四百年の歴史に泥を塗るのも同じこと。この上は家の奥に押し込め、決して外に出さぬようするしか」
「それでなんとする。これが生まれた事実が消えるわけではない。協会を伝い、知らせは各国へ広まっておる。そうであろう、架雁(カガリ)の」
話をふられ、頷く。
今回、国外から戻ってきたのは自分だけだ。
協会の中でも、自分たち狩り人に仕事の仲介を行う末端の人間にまで話が伝わっていることを伝える。
「最悪、ヴァンパイアの連中にも伝わっていると考えた方がいいかと思いますが」
「やつらは本能的に知っておる。昔から、薔薇の子供――極上の糧たる贄が生まれれば、我らには及びもつかぬ感覚でかぎつけるのだ」
「隠し通すことは不可能、と」
「無駄じゃろうて」
沈黙は重く、猪脅しの音と赤子が身じろぐ声だけがその場に響く。
母であるはずの当主夫人が我が子を見下ろす瞳には、何の光も灯ってはいなかった。まるで、そうして抱いているのは義務なのだと言わんばかりのオーラ。
隣の父親は視線をやることもしない。
生まれ出た赤子に向けられるべき慈しみの目は、この場のどこにも存在してはいなかった。
「それではやはり、習わしにのっとるしか術はありますまい」
誰かが重く口を開く。
「狩る者であるべき御神楽の家に生まれたのであれば、どんな形であれその責務を果たさねば」
「薔薇の子には薔薇の子の、分相応な役目があろうというもの」
「そうなればその不名誉な身も、幾分か紛れましょう」
僅かな光明を見出し、皆が頷く。
その、瞬間に。
名前もまだ与えられぬその赤子の、始まりもしていない行く末が決められた。
自我すら芽生えぬ、本人の目の前で。
間違いなく、何もわからぬ今この時が、この子供にとって生涯で一番幸せな時なのだろうと。
漠然と、しかし妙な確信をもってそう思った。
気まぐれ更新。
煩悩爆裂。
意味不明でも流してください。