32 夜明け
飛天御剣流の奥義伝授が始まって十日あまり。
前日に、師弟そろって帰ってこなかった翌日の朝も早くのこと。
「―――っ!」
戸口のすだれを跳ね上げて転がり込むように現れた剣心に、囲炉裏の傍を掃除していたは目をみはった。
小柄な剣心が抱えていたのは、筋骨たくましい師の身体。その意識は完全に途絶えているようだった。
「―――っ、麓まで医者を」
何があったとは聞かず、すぐさま腰をあげる。
奥義伝授の修行をしていた。
その事実だけで、何が起こったかなど容易に察することが出来る。
「だめだ、今から医者を探していたのでは間に合わない。それより………」
「剣心?」
師の身体を床に寝かせると、剣心は庵の中を漁りだした。
箪笥はもちろん、行李、机、壺にいたるまで、あらゆるところをひっくり返して。
「………あった!」
「それは?」
小さな袋の中から取り出した包を広げ、中にあった粉末を比古の口に流し込む。
「俺が昔ワライタケで死にかけた時、師匠が調合した強心作用の薬だ。利くかどうかはわからんが、今はこれと師匠の強さに賭けるしか………」
比古の胴体には左肩から右腹部にかけて、一直線に深く陥没した溝が出来ていた。
ただ鈍器で殴打したのではこうはなるまい。
逆刃刀で放った御剣流の奥義が残した傷跡だ。
「奥義の会得は、成功したんだな」
「ああ………飛天御剣流奥義、天翔龍閃………」
手放しで喜べるはずもなく、比古の傍らに座り込む剣心は師を見つめたまま俯いている。
比古もまた、奥義の会得は先代の命と引き換えだったのだと言った。
今回のことは、不殺の誓いの外の事だと思えと。
傍若無人で厚顔不遜で唯我独尊で、師匠らしい顔など普段は欠片も見せないくせに。
なのにあの瞬間、らしくもなく、いっぱしの師匠のような笑みを浮かべ、 “気にするな” と―――
「大丈夫だよ」
傍らで聞こえた声に、剣心は顔を上げた。
いつの間に用意したのか、が冷たい水を含ませた手ぬぐいを痛々しい傷の上にのせている。
「簡単に死にはしないさ。この人に限って」
それは何の根拠もない言葉だった。
けれどなぜか、そう言ったの顔には僅かの疑いも浮かんではいなくて。
だからこそ、自然と言葉がこぼれる。
「そうでござるな………」
「ああ」
淡々としたその返答が、いまはひどく心地よかった。
*
朝。
日が昇って間もないだろう刻限に、はふと目を覚ました。
垂れていた頭を上げれば、目に入るのは床に横たえられた比古と、向かいの壁で自分と同じように座ったまま眠っている剣心の姿。
白みはじめる空を確認した記憶があるから、寝ていたのはほんの半時かそこらなのだろう。
は抱えていた刀を持って立ち上がると、気配を殺したままそっと庵の外へ出た。
白い朝日に目を眇める。
冷たい水で顔を洗い、短い眠りに落ちる直前に比古の傷に当てた手ぬぐいを替えようと、近場にあった桶に水を汲んで………。
「―――起きろバカ弟子ッ!」
ゲシ―――
さあ、なかに戻ろうと踵を返したの耳に、そんな怒声が飛び込んできた。
声の主を察して足が止まる。
ついさっき、まだ意識が戻っていないのを確認したのだが。
どうやらタイミングよく目覚めたらしい。
水を汲んだ桶を手にしたが庵の簾を上げてなかを覗けば、不死鳥のごとく甦った比古が、極度の疲労から来る抗いがたい眠気に陥落していた弟子を足蹴にしていて。
「………し、師匠っ!」
「男に抱きつかれて喜ぶ趣味はねぇ。気安く飛びつくな」
ひらりと体をかわされ、剣心はツボやら調度やらに豪快に突っ込む。
その頭には、巨大なたんこぶができていた。
その様をみていたは手にしていた桶を傍らに置き、僅かに笑みを漏らす。
「では代わりに私が飛びつきましょうか?」
揶揄を含んで小首を傾げれば、こちらを見た比古が顎に手をやって。
「男装の麗人ってのも悪くはねぇが、奴の娘に手を出すのはさすがの俺もなぁ」
冗談とも思えない顔で頷いたあと、ニヤリと笑ってみせる。
「この手ぬぐい、あんただろう。おかげで傷の治りも早くなる。悪かったな」
「気休め程度ですが。薬草も何もなかったので」
「その機転がこのバカ弟子にはないところだ」
ぞんざいに一瞥されて、剣心はぱちぱちと目を瞬いた。
コブの痛みも忘れて二人の顔を交互に見やる。
「え、ちょっと師匠、いつの間に………いや、とそんな仲良く……」
その場の状況が理解できずに混乱する剣心。
しかし比古はそんな弟子を放置する。
「そういや本名はまだ聞いてなかったな。というのか」
「ええ。いまでは剣心ぐらいしか呼びませんが」
「いい名だ。男にしておくのは心底もったいない」
あながち冗談とも思えぬ比古の言葉は、僅かな咎悔の響きをもっているようにも聞こえた。しかしは僅かに目を伏せることで、己の意志を示してみせる。
己の過去と全ての経緯を話したあの夜、比古は終始苦い表情のまま、ただ押し黙って酒をあおっていた。
語り終え、まるで何かを悟りでもしたかのように座しているを見やって。
―――まったく、馬鹿ばかりで手が負えん、と。
ただ一言そう呟いて、それきり口を開かなかった。
「ふん、頑固なところは奴そっくりだ。―――おい、剣心」
「はい?」
完全な蚊帳の外で目をぱちくりさせるばかりだった弟子を呼びつけ、比古は大仰に腕を組んでみせる。
「奥義伝授はこれで終いだ。この先は全てお前次第。流浪人としてこの技の強弱緩急を全て意のまま操れるよう、完全に昇華しろ」
「はい………師匠、本当にお世話に……」
「それからもう一つ!」
殊勝に頭を下げようとした剣心を見下ろす比古の眼光が、いっそうその鋭さを増した。
「流浪人うんぬん言いやがるまえに、男としてのてめぇをどうにかしやがれ。このバカ弟子が」
「は?」
唐突にけなされ、剣心は思わず目を瞬く。
これには端で聞いていたも面食らって。
「お前一人の行動がこの国に及ぼす影響なんざ、たかが知れてる。それほどこの国は軽くねぇ。だがな、お前の言葉ひとつによって、人生が左右される人間もいるってことを、その軽い頭に叩き込んどけ」
「師匠………」
「軟弱なのはその見目だけで十分だ」
それだけ言い捨てると比古はその白マントを翻し、と剣心に背を向けた。
「比古殿!」
庵の簾をくぐる直前、に呼び止められて肩越しに振り返る。
「不躾を承知でお願いします。私たちが不在の間、葵屋にいる皆のことをお願いできないでしょうか」
志々雄に正攻法が通じないことなど百も承知だ。
危険の芽は徹底的に摘み取ろうとするだろう。過去の手痛い経験が、彼をより狡猾で慎重な人間にしている。そしてこの隙をわざわざ見逃すほど、志々雄真実という男は甘くない。
「おそらく警察も動きはするでしょう。ですが、あなたにしか頼めない」
「師匠、俺からもお願いします」
「…………」
殊勝に頭を下げる弟子を、比古は憮然とした表情で見下ろす。しばらく思案する間をおいたあと、ふんと鼻を鳴らして。
「はっ、どいつもこいつも勝手なこといいやがって。てめぇの後始末ぐらいてめぇでつけやがれ。青臭い餓鬼じゃあるまいし」
「師匠!」
食い下がろうとする剣心に目もくれず、比古は庵の簾を払い上げた。
そしてその向こうへ姿が消える寸前。
「―――余計な心配は無用。お前らはさっさと志々雄を倒しに行け」
そう言いおいて、庵の簾はパサリと下ろされたのだった。
二年ぶりの更新。
なのに進まない話し。
きっと次から動き出すはず。
New!るろうに剣心 ― ベスト・テーマ・コレクション ―
★★★★★
るろうに剣心アニメ版の初代オープニング「そばかす」から、京都編のエンディング「1/3の純情な感情」までを
すべて収録。
しかも、劇場版のエンディング「永遠の未来」と、劇場版公開記念につくられた「宿敵見参!」と「The十本刀」(笑)
が収められているこのCD!
かなりいいんですよ〜。
るろ剣のCDは何枚か持ってますけど、一番良いのはこれですかねぇ。
なんというか、余分なものは一切はぶいてって感じです。
歴代オープニング、エンディングのなかで一番気に入っているのは、剣心の声を演じられた涼風真世さんが歌う
「涙は知っている」。
さすが元宝塚歌劇団トップの涼風さんです。上手いんですよね、歌が。
もちろん他の曲も良いですよ。ああ、この曲覚えてる〜、と、当時流れていた映像なんかも思い出したりして。
で・す・が!
私が何よりオススメしたいのは、劇場公開記念の「宿敵見参!」と「The十本刀」なんです!
アニメタルが歌うこの二曲。そのタイトルどおり、京都編以前の剣心の敵キャラ(鵜堂靭衛とか)と十本刀のテーマ
ソングです。
一人ひとりの心の内を歌詞にしてるんですが、とにかくこれが胸にくる!
そのキャラが背負うモノを、とても短い歌詞の中にぎゅっと凝縮しているんですよね。
歌っているのは声優さんじゃないんですけど、とにかくその一つ一つにキャラの全てが詰まってるといっても過言
じゃありません。
もちろん、四乃森蒼紫や斎藤一のテーマソングもありますよ。
曲調がヘビーメタル調なので最初の頃は抵抗があったんですけど、何回か聞いているうちにこれが一番のお気に
入りになりました。
皆さんもぜひ、聞いてみてください。
剣心華伝 ― 全史るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★★
五年にわたる連載の、ぶっちゃけ話や裏話が満載のこの一冊。
原作者である和月伸宏氏の事細かなインタビューを中心に、描かれなかったエピソードの話や、全二十八巻の詳
しいストーリー、表紙イラスト。とにかく様々な裏情報が収録されています。
和月氏のインタビューの中には、この頃にはまだ決まっていなかった次回作に関するコメントも含まれているとか。
好きな人は注目ですね。
今更という感じもしますが、連載が終わって随分経った今だからこそ、逆に新鮮に感じるのではないでしょうか。
「ああ、そういえばこんなこともあったなぁ」 なんて感傷に浸ってみたりするのもオツかも。(笑)
そして何より私の心を掴んで離さないのは、るろ剣本編では語られなかった、キャラクターたちの その後 が収録
されてるということ。
剣心と薫の子供については、最終巻で和月氏が語っていらっしゃいましたよね。
ところがこれには、他のキャラたちの後日談が、オールカラーで収録されています。
五年後のエピソードで、左之助や恵はもちろん、斎藤や操に至るまで描かれていて、これはもう必見!
コミックス二十八冊に加えて、これを持っていればもう完璧?
夢を書くときに役立ちそうですよね………。
剣心秘伝 ― 原典・るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★☆
こちらは京都編までの事細かなストーリーや情報が収録されている一冊。
範囲が限定されている分、こちらの方がデータがより詳しいものになっていますね。
たとえば、京都編に出てくるキャラたちのプロフィールとか、それまでの戦歴とか。
ていうか、これこそ私が今求めているものでは………?
とにかく情報が詳しいのが売り。
上の『剣心華伝』が、るろ剣という作品の流れに着目する歴史書ならば、こちらの『剣心秘伝』は特定の時代に的を
絞った専門書?
この二冊をそろえた暁には、マスターと名乗っていいですか?(笑)
カラーページも豊富で、京都編がお気に入りの人はぜひとも手に入れておきたい一品。
でもやっぱり時代が区切られていると言うことで、謙虚に星は四つ。
内容は五つ星なんですけどねぇ。
幕末恋華・新撰組 PS2
★★★★☆
トップページでも紹介している、『うるるんクエスト 恋遊記』と同じ3Dの作品。
本格派歴史系恋愛アドベンチャーですね。
史実に沿った事件が起こる中で、女性隊士として新撰組に所属することになった主人公。
時代の荒波に翻弄されながらも、刀を取り、懸命に戦い生き抜いていくのです。
まさしくゲーム版ドリームですな。
なにぶん新撰組ですから、どうやったって悲恋になるだろうってキャラはいますが、訪れたEDに感動することは請
け合いです。
絵柄も綺麗ですし、声優陣も豪華なメンバーが揃っているので満足できると思いますよ?(しかもフルボイス)
ただ、D3という会社の方針として、『安価で攻略も簡単なものを』という目標? 理念? の元に製作された物です
から、攻略は簡単です。
人によっては物足りなさを感じてしまうかも?
そういった点では初心者向きですかねぇ。
ですが、近藤勇や沖田宗司、土方歳三などと、時代に全てを捧げて一心に生き、けれどもその一方で、どうするこ
ともできずに湧き上がる暖かな思い。
これはかなり胸にきます。
現代に生きる私たちには予想できない、様々な人間模様が用意されているかも。
個人的にはおすすめですが、やはり攻略の難易度が低いことを踏まえて、星は四つ。