30 奇縁
どうしてと。
問う瞳には非難の色。
事実を突きつけられ、認めることが出来ずに惑う彼女たちを。
傷つけて、突き放した。
それでも再び立ち直ることがあったのなら、その時こそは大丈夫だと。
賭けをしたのは東京を出る直前。
人里はなれた山中に姿を現した二人は、どこも変わったところはなくて。
けれど剣心を前に、不安に揺れる薫さんの瞳。
危険をかえりみず、ただ会いたいという一心で追いかけてきたことを怒っているかと。
問われた剣心は僅かに逡巡して。
―――半分……もう半分はどこか、ほっとした。
背中を向けたまま応えた言葉は、包み隠すことのない本心。
決別したはずの安息の場所を、新たな仲間達を、失わずに済んだことへの純粋な安堵。
維新の後、消息を断った剣心が何をしてきたのか。
本人ではなく、彼を見てきた者の口からそれを聞きたいと言った比古の言葉に、はおもむろに腰を上げてその場を外した。
「私が知っているのは、幕末の頃の剣心ですから。それ以降のことなら薫さんたちのほうが詳しい」
何ともいえない表情をしている薫と弥彦に気づかないふりをして、庵の外へ出た。
夜もふけた空の星は、薄ら寒いほど煌めいていて。
あれから三日。
飛天御剣流の奥義伝授が始まったものの、修行の進展はいまだ見られず、は目下のところ庵の生活を切り盛りするばかりである。
「ほっ」
軽い掛け声と共に放り上げた木片は、次の瞬間には手ごろな大きさに分割されて落下する。
抜刀した刀は再び鞘へと戻され、新たな木片が放り上げられるたびに閃いた。
陶芸家、新津覚之進の住まいには、薪はいくらあっても足りないらしく、生活用も含めた燃料確保が現在のの果たすべき仕事である。
山と積まれた薪を前に、放っては斬り、斬っては放りを繰り返す。
斧ではなく刀を使うのは、ただ単に使い勝手がいいからで。
「あんた、やっぱりのせがれか」
背後から突然声をかけられて、わずかばかり驚いた。
振り返ってみれば、いつからそこにいたのか、御剣流の十三代目継承者が腕を組んでいて。
顎に手を当て、納得したように頷いている。
「比古殿………。修行の方は?」
「バカ弟子が昏倒しやがって、しかたなく休憩だ」
本来なら薪を割るために使うのだろう、切り株のような丸太の上に腰掛け、比古は鼻で笑って足を組んだ。
御剣流の稽古に興味のあったは幾度か様子見もかねて、師弟の修行場を覗きに行ったことがある。
御剣流の修行法は、まず実践有りき。
話に聞いていた通り、それは稽古というにはあまりにも激しく、まさに実践そのもので。東京にいたときには向かうところ敵なしだった剣心も、いまだ師から一本さえ取らせてもらえていない。
最強と謳われた幕末の頃の剣心であったならばまた話は違ったかもしれないが、十年にわたる流浪人生活で鈍った腕ではそれもままならなかった。
「それにしても、奴のガキが維新志士とはな。どうりで俺も年を取るはずだ」
当年とって四十三を数えながら、とてもそうは見えない若作りな剣豪はさして興味もなさそうに問う。
彼の言うがはたして誰のことなのかにはわからなかったが、肯定も否定もする必要はなく、彼の中ではすでに決定事項のようだった。
「父を、覚えていらっしゃるんですか」
確認のために問えば、比古はいま気づいたというような顔をして。
「ああ。………剛次、だったか? 山の中で死にかけていたのを拾ったのは俺だからな。それからしばらく面倒を見ていた」
それはまだ、比古が十三代目を継承する前の話だったという。
比古と、比古の師匠………つまりは十二代目比古清十郎が住んでいた庵に、父は二ヶ月ほどやっかいになっていたらしい。
今の自分と同じように家事全般を引き受けながら、飽きもせずに御剣流の修行を眺めていたのだと。
「奴は完全に我流だと言っていたが、それにしては完成された動きをする、妙な奴だったからな。あれは忘れようにも忘れられるもんじゃねぇ」
呆れ半分の面持ちで、もう半分はしごく面白そうに笑みながら比古は言う。
父は一介の剣術家としては、ひどく特異な人だった。
流派名を持たず、構えた道場には看板もない。
若いころに全国を武者修行して歩き、あらゆる流派の剣術をその剣に吸収して作り上げた剣術。
本来なら、一つの流派を何年も、時には何十年もかけて極めるものを、父は恐らく型破りな異端者だったのだろう。
幾度か手合わせを繰り返せば、父はその驚くべき勘の良さと柔軟性でその流派の特色を読み取り、己のものにしてしまう。
父は天賦の才を持つ人だった。
完全なる我流と言いながら、その根底には長い歳月をかけて完成され続けたあらゆる流派の基礎が、確たる形を持って息づいている。
その父に育てられ、剣術を仕込まれたもまた、己の剣に流派名は持っていない。
―――の剣術は、すべてその者一流の剣術。
それが父の持論であり、信念だった。
「奴が父親になったと聞いたときには、嫁の来手があったということのほうに驚いたがな」
御剣流の修行場を離れ、母と結婚し、居を構えるようになった後も、幾度か手紙でやり取りをしていたのだという。
時折思い出したように届けられる文には、思いのほか達者な字で近況が綴られていた。
「あれは確か、弘化の年だったか………ん?」
何気なく思い出した内容に、比古は僅かに首をかしげた。
弘化と言えば、今から三十年以上も前のこと。
目の前にいるバカ弟子の連れてきた旧友の子どもを、改めてまじまじと見つめる。
バカ弟子に勝るとも劣らない上背の無さ。着物の上からでは、その下に隠れている、真剣を片手で軽々と振るえるほどの充分な筋力の存在を察することは難しい。
どことなく線の細い印象を受ける顔には、比古の考えていることがわかったのだろう、困ったような、苦笑するような、複雑な表情が浮かべられていて。
それはどう見積もっても、三十を過ぎた男のそれとは思えなかった。
「…………たしか奴には、もう一人子どもがいたな」
「それも父が文を?」
厳つい見た目と違って、父は筆まめな人だった。
が問えば、比古は頷く。
「一度だけ酒を飲んでな。その時は二人目が生まれたばかりで、うっとうしいほどにその子どもの話を…………」
『―――比古! お前もいいかげん嫁をもらえ! いいぞー、嫁は。それが好いた女ならなおさらだ。人生が三割増しは楽しくなる!』
普段からやかましい男だったが、その時は酒の力も手伝ってか、いつにも増して機嫌がよかった。カラカラと豪快に笑って。
『子どもでも生まれてみろ、その楽しみは倍増だぞ!』
『ほう………』
まったくと言っていいほど興味のない話題に、半ばうんざりしながら適当に相槌を打てば、浮かれた男はそれにも気づかないまま見たこともないようなだらしない笑みを浮かべて。
『男はもちろん必要だが、娘! あれはまた別格でなぁ。この前生まれた二人目が女だったんだが、これがもう、目を疑うような可愛さで―――』
その後、小半時にもわたって延々と子ども自慢は続いた。
半分以上、聞いているふりをして右から左に流していたが、親バカ極まれりの旧友はまったく頓着していないようで、付き合わされた身としては心底辟易したのをおぼえている。
「…………奴なら、娘に剣術を仕込むぐらいのことはしそうだが」
救いようも無いぐらい親バカだったが、それよりも前に底抜けの剣術バカだった。
「私の剣の師は、父と兄でした」
比古は基本的に物事には動じない。
それほど未熟ではないし、正直だいたいのことに頓着していないので、動じるまでに至らないというのが本当のところ。
しかし今回ばかりはそうはいかなかった。
女の身で剣を振るうこと自体は、珍しくないわけではないが聞かないこともない。
けれどそれが、維新に組した維新志士とくれば話は別だ。
「ふん………おもしれぇことしやがる」
友と呼んでも差し支えないだろう男を思って、比古は鼻で笑った。
数年前から文も途絶え、ふとした拍子に思い出す程度だったとはいえ、どうしているのかと思ったが。
いやというほど話に聞かされた娘が直接、それもたった一人の弟子とともに尋ねてくるとは、まったくもって妙な縁である。
それにしても。
比古は不意に何かに思い至ると、苦笑のような表情を浮かべているをまじまじと見下ろした。
「この前の娘といい、あんたといい、世の中物好きが多いもんだ。あのバカ弟子のどこがそんなにいいんだか」
唐突な話題に、は目を瞬かせる。
そんなに、比古はにやりと笑って。
「お前とあいつはいい仲なんだろう? ここ数日の奴の様子を見てればわかる。始めはやさぐれついでに修道に走りやがったかと思ったが、これで得心がいった」
楽しそうな比古の修道という言葉には苦笑したが、しかしふと表情を改めると僅かに視線を落とした。
「昔の、話です」
懐かしむような、自嘲のような笑みが浮かぶ。
「私では、剣心の傍にいることは出来ない。これから先、剣心にとって本当に必要になるのは………必要なのは、薫さんのような人です」
春の陽だまりのような。夏のひまわりのような。
穏やかでありながら、闇に紛れることのない確かな光。
純粋に、しなやかに。
彼女ならきっと、たとえ剣心が暗く深い闇の淵へ沈んだとしても、その手を離しはしないだろう。
現実を突きつけられてなお、逃げることのなかった彼女なら。
ここまで追いかけてきた、彼女なら。
東京で仕掛けてきた勝率五分の危うい賭けは、どうやらの望む結果に進んでいるらしい。
「あいつの方は、そうは思っていないようだがな」
視線を上げれば、何かを見定めようとするかのような鋭い眼光とぶつかった。ただ目つきが悪いだけなのかもしれない。けれど底の知れないその瞳は、血の繋がりなどないはずなのに、少しだけ剣心に似ていると思う。
「………私では、だめなんです」
必要なのは、共に生きる存在。
暗く閉ざされた闇の中、傷つき、くたびれ、這いつくばって進むしかない陰鬱とした絶望の道に捕らわれたとしても。
光りに満ちたあの場所から、手を差し伸べ、救い上げてくれる存在。
剣心が望むと望まざるとに関わらず。
それほどに強い、つながりと居場所。
自分が剣心と彼らの間に求めたのは、そんな有無を言わさぬ絆だった。
「欺瞞では、いつか崩れてしまうことがわかっていた。その後に残る結果も………けれどもう、心配はいらないようです」
真実を眼前に突きつけられ、育んできた絆を打ち壊されてなお。
立ち上がり、追いかけ、追いついて。
彼らならきっと、大丈夫だと思える。
この先に何が待ち受けていようとも、もう二度と、剣心の手を離すことはないと。
「あんたのそれは、欺瞞じゃないのか」
ただじっと、語るの顔を見つめていた比古が低く問うた。
思いがけない問いには眉を上げたが、しかししばらく黙すと不意に微笑を浮かべる。
「欺瞞だったとしても、それは大した問題じゃない。私が剣心の傍にいるのはただ、どうしても、叶えなければならない望みがあるからです」
「望み?」
の言葉に比古は怪訝な顔をする。
それを変わらぬ笑みで見やって、は手にしていた薪を足元に置いた。
初夏の日差しは正午に差し掛かり、木々の合間をぬってあたりを濃く染めている。
「比古殿、父の友人であるあなたには全てを………お話ししておくべきかもしれません」
そう言ったの瞳が一瞬前とは別人のような暗い光りを灯していて、比古は思わず目をみはった。
「ここに至った事の顛末と、これからのことを………」
その涼やかな声で語られる話の数々を、比古はただ黙して耳にする。
言葉を挟むこともなく、ただただ漫然と。
語られるのは変えることの叶わぬ過去と、変えることを望まれない未来―――。
まだ話が進まない。
とりあえずヒロインさんと比古氏はこんな関係。
※ 弘化 …… 元号の一つ。天保・弘化・嘉永・安政と続きます。
New!るろうに剣心 ― ベスト・テーマ・コレクション ―
★★★★★
るろうに剣心アニメ版の初代オープニング「そばかす」から、京都編のエンディング「1/3の純情な感情」までを
すべて収録。
しかも、劇場版のエンディング「永遠の未来」と、劇場版公開記念につくられた「宿敵見参!」と「The十本刀」(笑)
が収められているこのCD!
かなりいいんですよ〜。
るろ剣のCDは何枚か持ってますけど、一番良いのはこれですかねぇ。
なんというか、余分なものは一切はぶいてって感じです。
歴代オープニング、エンディングのなかで一番気に入っているのは、剣心の声を演じられた涼風真世さんが歌う
「涙は知っている」。
さすが元宝塚歌劇団トップの涼風さんです。上手いんですよね、歌が。
もちろん他の曲も良いですよ。ああ、この曲覚えてる〜、と、当時流れていた映像なんかも思い出したりして。
で・す・が!
私が何よりオススメしたいのは、劇場公開記念の「宿敵見参!」と「The十本刀」なんです!
アニメタルが歌うこの二曲。そのタイトルどおり、京都編以前の剣心の敵キャラ(鵜堂靭衛とか)と十本刀のテーマ
ソングです。
一人ひとりの心の内を歌詞にしてるんですが、とにかくこれが胸にくる!
そのキャラが背負うモノを、とても短い歌詞の中にぎゅっと凝縮しているんですよね。
歌っているのは声優さんじゃないんですけど、とにかくその一つ一つにキャラの全てが詰まってるといっても過言
じゃありません。
もちろん、四乃森蒼紫や斎藤一のテーマソングもありますよ。
曲調がヘビーメタル調なので最初の頃は抵抗があったんですけど、何回か聞いているうちにこれが一番のお気に
入りになりました。
皆さんもぜひ、聞いてみてください。
剣心華伝 ― 全史るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★★
五年にわたる連載の、ぶっちゃけ話や裏話が満載のこの一冊。
原作者である和月伸宏氏の事細かなインタビューを中心に、描かれなかったエピソードの話や、全二十八巻の詳
しいストーリー、表紙イラスト。とにかく様々な裏情報が収録されています。
和月氏のインタビューの中には、この頃にはまだ決まっていなかった次回作に関するコメントも含まれているとか。
好きな人は注目ですね。
今更という感じもしますが、連載が終わって随分経った今だからこそ、逆に新鮮に感じるのではないでしょうか。
「ああ、そういえばこんなこともあったなぁ」 なんて感傷に浸ってみたりするのもオツかも。(笑)
そして何より私の心を掴んで離さないのは、るろ剣本編では語られなかった、キャラクターたちの その後 が収録
されてるということ。
剣心と薫の子供については、最終巻で和月氏が語っていらっしゃいましたよね。
ところがこれには、他のキャラたちの後日談が、オールカラーで収録されています。
五年後のエピソードで、左之助や恵はもちろん、斎藤や操に至るまで描かれていて、これはもう必見!
コミックス二十八冊に加えて、これを持っていればもう完璧?
夢を書くときに役立ちそうですよね………。
剣心秘伝 ― 原典・るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★☆
こちらは京都編までの事細かなストーリーや情報が収録されている一冊。
範囲が限定されている分、こちらの方がデータがより詳しいものになっていますね。
たとえば、京都編に出てくるキャラたちのプロフィールとか、それまでの戦歴とか。
ていうか、これこそ私が今求めているものでは………?
とにかく情報が詳しいのが売り。
上の『剣心華伝』が、るろ剣という作品の流れに着目する歴史書ならば、こちらの『剣心秘伝』は特定の時代に的を
絞った専門書?
この二冊をそろえた暁には、マスターと名乗っていいですか?(笑)
カラーページも豊富で、京都編がお気に入りの人はぜひとも手に入れておきたい一品。
でもやっぱり時代が区切られていると言うことで、謙虚に星は四つ。
内容は五つ星なんですけどねぇ。
幕末恋華・新撰組 PS2
★★★★☆
トップページでも紹介している、『うるるんクエスト 恋遊記』と同じ3Dの作品。
本格派歴史系恋愛アドベンチャーですね。
史実に沿った事件が起こる中で、女性隊士として新撰組に所属することになった主人公。
時代の荒波に翻弄されながらも、刀を取り、懸命に戦い生き抜いていくのです。
まさしくゲーム版ドリームですな。
なにぶん新撰組ですから、どうやったって悲恋になるだろうってキャラはいますが、訪れたEDに感動することは請
け合いです。
絵柄も綺麗ですし、声優陣も豪華なメンバーが揃っているので満足できると思いますよ?(しかもフルボイス)
ただ、D3という会社の方針として、『安価で攻略も簡単なものを』という目標? 理念? の元に製作された物です
から、攻略は簡単です。
人によっては物足りなさを感じてしまうかも?
そういった点では初心者向きですかねぇ。
ですが、近藤勇や沖田宗司、土方歳三などと、時代に全てを捧げて一心に生き、けれどもその一方で、どうするこ
ともできずに湧き上がる暖かな思い。
これはかなり胸にきます。
現代に生きる私たちには予想できない、様々な人間模様が用意されているかも。
個人的にはおすすめですが、やはり攻略の難易度が低いことを踏まえて、星は四つ。