30 飛天奥義
その人の話を耳にしたのは、まだ私が幼かった頃。
酒に酔った父の口から語られた、若かりし頃の昔話。
『飛天とはよく言ったものだ。飛天御剣流―――めっぽう強い剣術さ。俺がいままで見てきた中でも、群を抜いてすさまじかった』
武者修行の旅の途中、行き倒れたところを拾われたと。
そしてしばらくやっかいになったのだと、父は言った。
その人の名を、再び耳にしたのはそれから何年か後の話で。
『―――比古清十郎?』
『ああ。俺に飛天御剣流を教えてくれた師匠だ』
幕末の頃。
酒の肴かなにかで剣心の口からふと語られた話によれば。
その師匠だという人は傍若無人で自信家で、少々大人気のない人だったのだという。それでも飛天御剣流の現伝承者として、文句のつけようもなく強かったと。
今でも、師匠には勝てる気はしない。
はっきり口にしたわけではないけれど、銚子を片手に注ぐ酒の揺らめきを見つめる苦笑が、そう語っていて。
赤の他人だったはずの人から聞いた思いがけない繋がりに、不思議な縁を感じた。そして、会ってみたいと思ったのだ。
維新に組することになるなど、終ぞ思いもしなかったあの頃に、不意に父の口から聞いたその名の人に。
しかしそれは果たされることのないまま動乱は激化してゆき、幕府は倒れ、父を含めた家族はこの世を去り、そして自分は剣心の前から姿を消した。
それから十年以上の時を経て。
国家を揺るがす厄介ごとを背負わされた今になって、会うことになろうとは、正直思ってもみなかった。
こんな、会い方をするなんて。
「―――一介の陶芸家をいきなり斬りつけるとは、随分無粋な輩だな」
「"比古清十郎"は一介の陶芸家ではないでしょう」
気配を消した剣心の繰り出す渾身の一閃を、背後を見もせず人間離れした跳躍でかわした白マントの男は。
奇襲犯の正体を知るや否や、至極つまらなそうに呟いた。
なんだ、お前かと。
久しい弟子の顔を確認するのもそこそこに、視線はその一連の出来事を端で眺めていた人影へと移される。
小柄な身体に似合わぬ二本差し。
視界に入って初めてその存在に気づくまで、一切の気配が感じられなかったということに片眉を僅かに上げる。喧嘩別れしてから一切音沙汰のなかったバカ弟子は、どうやら面白い連れを連れてきたらしい。
巨体を覆う白マントを翻し、比古は何も言わずに己の庵へと足を向けた。剣心がその後につづく。
「私は外で待ってようか」
「いや、構わぬでござるよ、」
尋ねたに剣心が足を止めて答える。
それを肩越しにちらりと見やった比古はしかし、そのままさっさと庵の奥へ消えてしまった。あとに残された剣心が一つ息をついて。
「簡単には、事は済まないだろうから」
十五年前の喧嘩別れが尾を引いているのを感じつつ、己が今まさに頼もうとしていることの身勝手さを再確認した。
それでも他に道が無いことは紛れもない事実。
時間もないが、これが果たされなければ志々雄に勝つ確率はゼロに等しい。とて、志々雄の巨大な組織を単身相手取れば、無事で済まないことは明白で。
何がなんでも、果たさなければならない。
飛天御剣流奥義の会得こそが、ここを訪れた目的であった。
*
「―――なるほど。事の経緯は大体わかった」
畳一枚敷かれていない板の間に座し、これまでのいきさつとここに来た目的を一通り話した後のこと。
剣心の師、飛天御剣流継承者第十三代目比古清十郎は、酒の杯を傾けつつ頷いた。
庵の中は陶芸家の住まいらしく、そこここに作品と思しき焼き物が並べられている。
火の焚かれていない囲炉裏の傍に対峙して座るのは飛天御剣流の師弟で、半分付き添いのような立場であるは、剣心の後方で黙していた。
これは剣心自身……というよりも、飛天御剣流という一剣術流派の問題であり、部外者である自分に口を開く権限はない。
それでもついてきたのは、純粋に興味があったからで。
比古清十郎という人物と、最強の名を冠する飛天御剣流の奥義に対する興味。あわよくば飛天御剣流の稽古をこの目で見ることが出来るかと、若干の期待を胸にこの山奥までやってきたのだ。
今の状況を考えればそんな悠長なことをしている場合ではないのだが、どうしても後手に回らざるを得ない現段階では、一人京の街中に残ったところで何が出来るわけでもない。殴りこみに行く予定だった斎藤も今は京都にいないとあって、尚のこと手持ち無沙汰になることは必至で。
それならばと、剣心と行動を共にしているのだけれど。
「その志々雄真実とかいうガキがはた迷惑な事やらかそうとしてるってのも、バカ弟子がバカなことやらかして挙句ここに至ったってことも、まったくもって言ってやりたいことが山ほどあるにはある―――が。まずその前にだ………」
くいと勢いよく酒を煽った比古の視線が、目の前に座す弟子を通り越し、その後ろにいたへと投げられた。
不意に視線が合ったことに、は若干眉を上げる。
剣心も、思いがけない師匠の行動に目を瞬いて。
「さっきからバカ弟子と一緒にいるあんたは一体なんなんだ?」
切れ長の、お世辞にも良いとはいえない目つきの眼光にひたと見据えられ、はニ、三度目を瞬いた。
自分は剣心の付属物程度の心積もりでいたは、予想に反して話をふられ、いささか面食らう。
自分の存在がこの庵に入る前から認識されているのはわかっていたので、今まで特に言及もされなかったのは向こうがこちらにさして興味がないからかと漠然と思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。比古は弟子が言い出すのを待っていたようだ。
「ああ、は………」
「と申します。比古殿のお噂はかねがね」
剣心が口を開くのを横から奪い取って、は自ら名乗った。
軽く会釈すれば、比古の眉が僅かに揺れる。
「………?」
口の中で漏らされた呟きに剣心もも気づいたが、それよりも比古の問いの方が早かった。
酒の杯を満たしながら問う。
「で、そのバカ弟子とはどういう関係だ?」
しごくどうでも良さそうな口ぶりだが、は僅かに思案する。
どういう関係かと問われれば。
「昔馴染みというか、以前の同志というか。維新のころには、同じ派閥に」
「…………」
の応えに、剣心は特に口を挟もうとはしなかった。
若干含むところはあったものの、詳細を話してこの師匠にからかわれるのは願い下げだ。
「あんたも維新志士って口か」
「ええ。お気に召しませんか」
別に気にするともなくそう問えば、比古は銚子を傾け杯を満たし。
「はん、他人のことをとやかく言う趣味はねぇ。それも一つの生き方だろうさ」
言って再び酒をあおる。
話に聞いていた通り、やはり豪快な人だった。
些細なことに頓着せず、どことなく傍若無人な印象も受ける。
「………俺も他人ですが」
「ああん? 誰に向かって言ってやがる。お前に御剣流を仕込んだのはこの俺だ。師匠が弟子に口出しして何が悪い」
恨みがましい剣心の一言も一蹴して、比古は鼻で笑った。
けれどその一瞬後には、もともと悪い目つきを一層細めて剣心を見やる。
「だが結局お前は、飛天御剣流の理を真に理解できねぇまま出て行きやがった。その結果がこれだ」
左の頬と自身の心に刻まれた一生消えぬ深い傷。
人斬りと不殺の狭間で揺れ動き、どちらに転ぶとも知れない不安定さ。
若さゆえに、丘の黒船ともなる御剣流の使い手として世に出るには、まだ未熟すぎて。
「……………」
剣心もも、口を開くことはしなかった。
後悔はない。けれど、確かに指摘されればそれは真実で。
奪った命。失ったもの。
そしていま、それらに縛られ捕らわれて、身動きできない自分がいる。
「やはり、お前に飛天御剣流を教えたのは間違いだったかもな」
飛天御剣流の真の理を理解できなかった人間に、奥義を得る資格はないと。
比古は僅かな呆れを含んだ息を漏らして言う。
けれど。
「―――っなんだなんだ! 今の発言は一体なんだっ!!」
戸口を遮っていたすだれを豪快に跳ね上げて、突然の来訪者達は庵の主に食ってかかった。いや、食ってかかった相手が庵の主だと、認識していたかどうかも危うい。
ただ耳に入ってきた仲間を否定する発言に、気性の荒い弥彦と操はその激情のまま反応したに過ぎないのだろう。
庵の中に座していた三人は、三様にそちらを見やって。
比古の呆れと、剣心の驚愕と。
そこに現れた薫と弥彦の姿を見止めたは一人、声もなく驚きを示してみせる。
そのすぐ後にくる僅かな安堵。
東京を出る前に仕掛けておいた賭けの勝敗は、まだ判然としない。
それでも確かに勝負は動き出していて。
「薫殿………」
頬を染めた薫を見る剣心の呟きを、は僅かに目を伏せて耳にした。
ちょうど10ヶ月ぶりの更新。
しかも話が進まない。
New!るろうに剣心 ― ベスト・テーマ・コレクション ―
★★★★★
るろうに剣心アニメ版の初代オープニング「そばかす」から、京都編のエンディング「1/3の純情な感情」までを
すべて収録。
しかも、劇場版のエンディング「永遠の未来」と、劇場版公開記念につくられた「宿敵見参!」と「The十本刀」(笑)
が収められているこのCD!
かなりいいんですよ〜。
るろ剣のCDは何枚か持ってますけど、一番良いのはこれですかねぇ。
なんというか、余分なものは一切はぶいてって感じです。
歴代オープニング、エンディングのなかで一番気に入っているのは、剣心の声を演じられた涼風真世さんが歌う
「涙は知っている」。
さすが元宝塚歌劇団トップの涼風さんです。上手いんですよね、歌が。
もちろん他の曲も良いですよ。ああ、この曲覚えてる〜、と、当時流れていた映像なんかも思い出したりして。
で・す・が!
私が何よりオススメしたいのは、劇場公開記念の「宿敵見参!」と「The十本刀」なんです!
アニメタルが歌うこの二曲。そのタイトルどおり、京都編以前の剣心の敵キャラ(鵜堂靭衛とか)と十本刀のテーマ
ソングです。
一人ひとりの心の内を歌詞にしてるんですが、とにかくこれが胸にくる!
そのキャラが背負うモノを、とても短い歌詞の中にぎゅっと凝縮しているんですよね。
歌っているのは声優さんじゃないんですけど、とにかくその一つ一つにキャラの全てが詰まってるといっても過言
じゃありません。
もちろん、四乃森蒼紫や斎藤一のテーマソングもありますよ。
曲調がヘビーメタル調なので最初の頃は抵抗があったんですけど、何回か聞いているうちにこれが一番のお気に
入りになりました。
皆さんもぜひ、聞いてみてください。
剣心華伝 ― 全史るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★★
五年にわたる連載の、ぶっちゃけ話や裏話が満載のこの一冊。
原作者である和月伸宏氏の事細かなインタビューを中心に、描かれなかったエピソードの話や、全二十八巻の詳
しいストーリー、表紙イラスト。とにかく様々な裏情報が収録されています。
和月氏のインタビューの中には、この頃にはまだ決まっていなかった次回作に関するコメントも含まれているとか。
好きな人は注目ですね。
今更という感じもしますが、連載が終わって随分経った今だからこそ、逆に新鮮に感じるのではないでしょうか。
「ああ、そういえばこんなこともあったなぁ」 なんて感傷に浸ってみたりするのもオツかも。(笑)
そして何より私の心を掴んで離さないのは、るろ剣本編では語られなかった、キャラクターたちの その後 が収録
されてるということ。
剣心と薫の子供については、最終巻で和月氏が語っていらっしゃいましたよね。
ところがこれには、他のキャラたちの後日談が、オールカラーで収録されています。
五年後のエピソードで、左之助や恵はもちろん、斎藤や操に至るまで描かれていて、これはもう必見!
コミックス二十八冊に加えて、これを持っていればもう完璧?
夢を書くときに役立ちそうですよね………。
剣心秘伝 ― 原典・るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★☆
こちらは京都編までの事細かなストーリーや情報が収録されている一冊。
範囲が限定されている分、こちらの方がデータがより詳しいものになっていますね。
たとえば、京都編に出てくるキャラたちのプロフィールとか、それまでの戦歴とか。
ていうか、これこそ私が今求めているものでは………?
とにかく情報が詳しいのが売り。
上の『剣心華伝』が、るろ剣という作品の流れに着目する歴史書ならば、こちらの『剣心秘伝』は特定の時代に的を
絞った専門書?
この二冊をそろえた暁には、マスターと名乗っていいですか?(笑)
カラーページも豊富で、京都編がお気に入りの人はぜひとも手に入れておきたい一品。
でもやっぱり時代が区切られていると言うことで、謙虚に星は四つ。
内容は五つ星なんですけどねぇ。
幕末恋華・新撰組 PS2
★★★★☆
トップページでも紹介している、『うるるんクエスト 恋遊記』と同じ3Dの作品。
本格派歴史系恋愛アドベンチャーですね。
史実に沿った事件が起こる中で、女性隊士として新撰組に所属することになった主人公。
時代の荒波に翻弄されながらも、刀を取り、懸命に戦い生き抜いていくのです。
まさしくゲーム版ドリームですな。
なにぶん新撰組ですから、どうやったって悲恋になるだろうってキャラはいますが、訪れたEDに感動することは請
け合いです。
絵柄も綺麗ですし、声優陣も豪華なメンバーが揃っているので満足できると思いますよ?(しかもフルボイス)
ただ、D3という会社の方針として、『安価で攻略も簡単なものを』という目標? 理念? の元に製作された物です
から、攻略は簡単です。
人によっては物足りなさを感じてしまうかも?
そういった点では初心者向きですかねぇ。
ですが、近藤勇や沖田宗司、土方歳三などと、時代に全てを捧げて一心に生き、けれどもその一方で、どうするこ
ともできずに湧き上がる暖かな思い。
これはかなり胸にきます。
現代に生きる私たちには予想できない、様々な人間模様が用意されているかも。
個人的にはおすすめですが、やはり攻略の難易度が低いことを踏まえて、星は四つ。