29 罪か罰か
夢を、見る―――。
夢であって、夢ではない。
幻影と現。過去と今。
己の血でしとどに濡れた彼らの姿は、どこまでが現実なのか。
いつもの夢だと。
今日に限って最中に気づく。
それでも途中で覚めることはなかった。
血溜まり沈む彼らの身体。
それを止める術を持たぬ自分。
昼間の剣心の姿が、己のそれと重なる。
張を殺したと思い込んだあの時の、全てを凍てつかせるような冷酷な視線はまさに鬼。
この漆黒の中で、血にまみれた刀を手に佇む自分は、それと同じ目をしていた。
その目の前に現れたのは、忘れ去っていた過去の残像で。
『せっかく美人なのに、それじゃあもったいないわ』
袴を穿き真剣を手にする、自分より年少の少女に向かってその人は言った。僅かに苦笑を浮かべながら。
―――私は、きれいになるより強くなりたい。
そう返せば、やっぱり苦笑を浮かべたままで。
きれいに微笑む人だった。
朗らかに笑う人だった。
気さくなその振る舞いが、私たち家族を惹きつけた。
『お願いよ、必ず帰って来るって約束して。絶対に死なないって、約束してちょうだい』
維新を志した十三の年。
家を出る直前に、珍しく険しい表情をした彼女は、妹のような存在だった私をつかまえ、その手を取って強く言った。
その人に、返せる答えはほんの僅かしかなくて。
―――ごめん。
果たせるかどうかもわからない約束で、誰かを縛るのは嫌だからと。
それだけを口にして、背を向けた。
それが、彼女の姿を見た最後。
維新の戦火が及ばぬ場所で、平穏な生活をおくるはずだった人。
朗らかで、きれいな笑みを浮かべて。
血なまぐさい修羅の闇などとは、決して縁のない人生をおくるはずだった人。
そのはずなのに、再び目の前に現れた彼女は。
『―――忘れないでね』
そう言って笑う彼女の瞳は。
醜悪な、厭わしき闇を知っていた―――。
「ん? なんだ、まだ帰ってないのか」
家のある通りの角を曲がったとき。
仕事帰りの篠崎尋永は、その窓に明かりが灯っていないのを見て独りごちた。
数日前に前触れなく現れた同居人(とは言え、以前ここは彼女の家だったが)は、いつも日が暮れる前には戻っているようで。
篠崎が仕事を終えて帰れば、夕餉の仕度などしていることもあるのだが、しかし今日はどうやら、まだ帰ってきていないらしかった。
辺りは既に暗く、濃紺の制服に身を包んだ篠崎の姿は闇にまぎれてしまいそうだ。
無言で家の戸を引きあけて、黒光りする革靴を脱ぎ捨てる。
がこの家にいるようになってまだ数日ほどだというのに、自分を迎えるひっそりとした闇が、ひどく久しぶりなように思えた。
とりあえず窮屈な制服の襟元をくつろげ、居間にある行灯の方へ近づく。火をつけるために、手をのばそうとして。
「―――っ」
弾かれるように振り返った。
暗闇に閉ざされ、窓から差し込む月光にすらさらされない闇の中に、何かの気配を感じたのだ。
昔の習慣で咄嗟に腰の辺りをさぐるが、そこに得物となるものはない。
しかし、その緊張感も一瞬のこと。
「―――って、お前か………」
壁に背を預け、刀を抱え込む形で座り込んでいる同居人の姿を見止め、篠崎は脱力するように安堵の息を漏らした。
「驚かすなよ。何やってんだ、灯りもつけずに」
気配を消すのが恐ろしく上手い彼女の神出鬼没さ加減は重々承知しているが、それでも暗闇のなかに無言で座り込まれていれば驚こうというもの。
篠崎は呆れたように、俯いているを見下ろす。
「……………篠崎?」
呟かれた声は、ひどく微かで。
しかし眠っていたのかと、篠崎はさして気にとめない。
「ああ。俺以外の誰がここに帰ってくるっていうんだ?」
もう一度、今度は呆れの溜め息を落とした篠崎は、制服の上着を完全に脱ぎ捨てて背を向けた。
行灯に火を灯すためだ。
その背中に、かすれた声がかかる。
「どこに、行ってた………」
「どこって、仕事に決まってるだろう」
何を言っているのかと篠崎は返す。
行灯の下を探り、火種を手にした。
ここまで寝ぼける彼女を見るのは、数年に一度あるかないかの事だ。
珍しいこともある。
何気なくそう考えていた篠崎の耳に、しかし一向にかすれたままのの声が再び届いた。
「…………仕事?」
その鈍い反応に、篠崎は眉をひそめて振り返る。
見ればは最初に見たときの体勢のまま、僅かに顔を上げているだけで。
「………おい……?」
呼びかけても反応しない。
何か言い知れない不安を感じて、篠崎は立ち上がった。
刀に縋っているようなの傍に膝をつき、肩に手をかける。
「ああ、そうか………そうだったな。あんたは、警察だったな」
うわごとのようにが呟いた。
そのことに、背筋が寒くなる。
こんな状態の彼女を、自分は過去に見たことがなかったか。
そう、ちょうど三年程前。
新政府からの仕事を、取り付かれたように連夜こなしていた頃。
仕事から戻ったはいつも、こんな状態だった。
思考ではない記憶の海に囚われ、埋没し、現と夢の判断がつかない。
あまりにも現実に近い虚像が彼女を苛み、強固な意志を持つがゆえに自失することすらできず。
一切の防御を放棄して、ただただ暗く深淵な闇の淵に、己を沈めようとする。
いっそのこと、気を失ってくれた方がどれだけ救われることかと。
崩れ落ちるを抱きかかえ、篠崎は幾度となく思った。
「おい、………。俺を見ろ」
肩を揺らし、意識をこちらに向けさせようとする。
この時点で視線が絡まない時には、自分が出来ることはほとんどない。
過去の経験からそれを知っていた篠崎は、しかし他でもない、自身の手によって遮られた。
刀を抱いている腕と反対の方の手が、すっと篠崎の顔の前にかざされる。
「…………大丈夫だ、正気だよ。いや、正気になった」
いまだ顔は伏せたままだったが、聞こえた声はいつものそれだった。
僅かに笑っているような色が声音に含まれているのは自嘲だろうか。
それでもしっかりとした返答があったことに篠崎は安堵する。
「本当か?」
「ああ、おおむね」
「…………」
篠崎に咎めるような目つきをされて、は笑みを漏らした。
落ちかかる前髪をかきあげ、上体を起こす。
まとわりつく過去の残滓に意識が揺らいだが、それも一瞬のこと。
まどろみから覚めた時のような倦怠感を振り払うように立ち上がる。
篠崎が放り出した火付けの道具を拾い上げ、行灯に近づいて。
「冗談だよ。大丈夫だ。こんなもの、嘘をついてもすぐばれるだろう」
―――お前には、と。
しかしそう言ったの腕を、篠崎は掴んで強く引く。
「何があった」
有無を言わさぬ口調で。
問い掛ける篠崎の表情は険しい。
はその顔をじっと見上げ、しばらくすると不意に諦めたような息をついた。
「信用しないのか?」
「この件に関してはな」
さしたる罪悪感もなく篠崎は答える。
この症状は、少なくともがここを出て行く一年前には幾分か改善されていた。ここに戻ってきてからも、その兆候は驚くほど見られなくなっていて。
それが一時的とは言えこんな状態に逆戻りするなんて、何もなかったはずがない。
は自分の腕を掴んでいる篠崎の手をやんわり離させると、かわりに火付け道具を差し出した。
月光の差し込む窓辺により、背を向けて桟に腰掛ける。
しばし、相手を窺うような間を置いて。
「―――お雪さんに、会った」
その表情は、逆光で篠崎にはわからなかった。
笑んでいるのか、歪められているのか。
それとも、表情など消え失せてしまっているのかもしれない。
篠崎は、その名を持つ人ととの関わりを正しく理解していた。
そして彼女が志々雄と関わっているということも、以前から承知していた。
暗き影から向けられる視線に、篠崎は知らず息を呑む。
それは裏切りの罪悪感からなのか、それとも純粋な恐怖からなのか。
「篠崎」
「なんだ」
呼ぶ声の温度が低い。
こんな彼女は見たことがなかった。
はすでに察しているのだろう。お雪という人物に関する情報が、自分には知らされぬ所ですでに把握されているのだということを。
「いったいあんたたちは、どこまで把握してる―――?」
熱の失われた声音は、まるで無機物のようだった。
それをどんな顔で口にしているのか。
見えないことは、幸運だったかもしれない。
「俺が知らされていることは、多くない」
「―――………」
口にしたのは真実だったが、言い知れない後ろめたさと恐怖を覚えた。
真正面から伝わってくる静かな威圧感に、冷や汗が流れ落ちる。
暗闇の中で何故かその瞳だけが、鋭利な刃物めいた光を放っていて。
無言の威圧は、殺気にも似ていた。
「言い訳はしないのか」
自分を謀っていたことを。
「すれば聞くのか?」
篠崎が問えば、くつくつと僅かに笑う気配があった。
何をバカなことをと言われたほうがましかもしれない。
退廃的な色を含んだ笑みは、聞く者に言い知れない戦慄を覚えさせる。
はふとその笑みを消し去ると、窓の向こうを見やるように顔を巡らせた。
浮かぶ月をしばらく眺めやり、ゆっくりと視線をこちらに戻して。
「―――情報が欲しい。いま、すぐに」
お雪という女性に関する情報を秘めていた政府に対する彼女の怒りは、温度となって篠崎を責めたてた。
―――大本は誰だ?
口にした言葉の裏にある脅迫めいた問い。
かつて幕府方の人間たちに、"氷のような修羅"と呼ばさしめたその剣気。
強まれば強まるほどに温度を下げ、一切を凍てつかせる。
「………言っただろう、俺も多くを知らされているわけじゃない。必要最低限の………」
彼女と政府の仲介役、そして目付け役としての役目を果たすのに、最低限必要と思われる情報しか知らされていないと。
語る篠崎の眉は苦くひそめられている。
「志々雄も含めたその手の情報を把握している人間となれば、該当する人間は限られてくる」
「…………斎藤、か」
ポツリと落とされたその呟きは。
凪いだ漆黒の水面に、小さな波紋を起こすようだった。
New!るろうに剣心 ― ベスト・テーマ・コレクション ―
★★★★★
るろうに剣心アニメ版の初代オープニング「そばかす」から、京都編のエンディング「1/3の純情な感情」までを
すべて収録。
しかも、劇場版のエンディング「永遠の未来」と、劇場版公開記念につくられた「宿敵見参!」と「The十本刀」(笑)
が収められているこのCD!
かなりいいんですよ〜。
るろ剣のCDは何枚か持ってますけど、一番良いのはこれですかねぇ。
なんというか、余分なものは一切はぶいてって感じです。
歴代オープニング、エンディングのなかで一番気に入っているのは、剣心の声を演じられた涼風真世さんが歌う
「涙は知っている」。
さすが元宝塚歌劇団トップの涼風さんです。上手いんですよね、歌が。
もちろん他の曲も良いですよ。ああ、この曲覚えてる〜、と、当時流れていた映像なんかも思い出したりして。
で・す・が!
私が何よりオススメしたいのは、劇場公開記念の「宿敵見参!」と「The十本刀」なんです!
アニメタルが歌うこの二曲。そのタイトルどおり、京都編以前の剣心の敵キャラ(鵜堂靭衛とか)と十本刀のテーマ
ソングです。
一人ひとりの心の内を歌詞にしてるんですが、とにかくこれが胸にくる!
そのキャラが背負うモノを、とても短い歌詞の中にぎゅっと凝縮しているんですよね。
歌っているのは声優さんじゃないんですけど、とにかくその一つ一つにキャラの全てが詰まってるといっても過言
じゃありません。
もちろん、四乃森蒼紫や斎藤一のテーマソングもありますよ。
曲調がヘビーメタル調なので最初の頃は抵抗があったんですけど、何回か聞いているうちにこれが一番のお気に
入りになりました。
皆さんもぜひ、聞いてみてください。
剣心華伝 ― 全史るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★★
五年にわたる連載の、ぶっちゃけ話や裏話が満載のこの一冊。
原作者である和月伸宏氏の事細かなインタビューを中心に、描かれなかったエピソードの話や、全二十八巻の詳
しいストーリー、表紙イラスト。とにかく様々な裏情報が収録されています。
和月氏のインタビューの中には、この頃にはまだ決まっていなかった次回作に関するコメントも含まれているとか。
好きな人は注目ですね。
今更という感じもしますが、連載が終わって随分経った今だからこそ、逆に新鮮に感じるのではないでしょうか。
「ああ、そういえばこんなこともあったなぁ」 なんて感傷に浸ってみたりするのもオツかも。(笑)
そして何より私の心を掴んで離さないのは、るろ剣本編では語られなかった、キャラクターたちの その後 が収録
されてるということ。
剣心と薫の子供については、最終巻で和月氏が語っていらっしゃいましたよね。
ところがこれには、他のキャラたちの後日談が、オールカラーで収録されています。
五年後のエピソードで、左之助や恵はもちろん、斎藤や操に至るまで描かれていて、これはもう必見!
コミックス二十八冊に加えて、これを持っていればもう完璧?
夢を書くときに役立ちそうですよね………。
剣心秘伝 ― 原典・るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★☆
こちらは京都編までの事細かなストーリーや情報が収録されている一冊。
範囲が限定されている分、こちらの方がデータがより詳しいものになっていますね。
たとえば、京都編に出てくるキャラたちのプロフィールとか、それまでの戦歴とか。
ていうか、これこそ私が今求めているものでは………?
とにかく情報が詳しいのが売り。
上の『剣心華伝』が、るろ剣という作品の流れに着目する歴史書ならば、こちらの『剣心秘伝』は特定の時代に的を
絞った専門書?
この二冊をそろえた暁には、マスターと名乗っていいですか?(笑)
カラーページも豊富で、京都編がお気に入りの人はぜひとも手に入れておきたい一品。
でもやっぱり時代が区切られていると言うことで、謙虚に星は四つ。
内容は五つ星なんですけどねぇ。
幕末恋華・新撰組 PS2
★★★★☆
トップページでも紹介している、『うるるんクエスト 恋遊記』と同じ3Dの作品。
本格派歴史系恋愛アドベンチャーですね。
史実に沿った事件が起こる中で、女性隊士として新撰組に所属することになった主人公。
時代の荒波に翻弄されながらも、刀を取り、懸命に戦い生き抜いていくのです。
まさしくゲーム版ドリームですな。
なにぶん新撰組ですから、どうやったって悲恋になるだろうってキャラはいますが、訪れたEDに感動することは請
け合いです。
絵柄も綺麗ですし、声優陣も豪華なメンバーが揃っているので満足できると思いますよ?(しかもフルボイス)
ただ、D3という会社の方針として、『安価で攻略も簡単なものを』という目標? 理念? の元に製作された物です
から、攻略は簡単です。
人によっては物足りなさを感じてしまうかも?
そういった点では初心者向きですかねぇ。
ですが、近藤勇や沖田宗司、土方歳三などと、時代に全てを捧げて一心に生き、けれどもその一方で、どうするこ
ともできずに湧き上がる暖かな思い。
これはかなり胸にきます。
現代に生きる私たちには予想できない、様々な人間模様が用意されているかも。
個人的にはおすすめですが、やはり攻略の難易度が低いことを踏まえて、星は四つ。