28 鬼の瞳
鬼才と呼ばれるに相応しい、その発想力。
新井赤空の奇剣を初めて見たとき、まるで曲芸のようだとは思った。
『どうだ、使ってみるか?』
『………曲芸をするのはちょっと……』
包み隠さずそう答えれば、赤空は大口を開けて笑って。
ひどく楽しげに、『違いねぇ』と漏らしたのだ。
その時浮かべた名刀匠の表情が、ほんの僅かに陰りを帯びていたことを、は不意に思い出した。
「待っていろよ、伊織! 必ず助ける、もう少しの辛抱だ!」
「観客が何勝手に舞台に上がってんのや!」
十本刀、刀狩の張が振るった赤空の後期型殺人奇剣、薄刃乃太刀が、社に向かって駆け出した青空の背中に迫る。
「あなた!」
「―――っ」
しかしその切っ先は、寸での所で軌道をそれた。
一本の脇差がものすごい勢いで飛来し、薄い刃を弾き飛ばしたのだ。
「―――ギリギリ、間に合ったかな」
僅かに息を乱しながら、は言う。
それに少し遅れて、操が神社の石段を駆け上がってきた。
「君!」
翁が振り返りその名を呼ぶが、はそちらを見てはいない。
こちらを憤怒の形相で見やってくる男の視線を、真正面から受け止めていたのだ。
「なんや、あんた。いきなり飛び込んできて、なに水差してくれてんねん」
血走った目は、完全にイっているように見えた。
だからは、僅かに笑んで応えてやる。
「それは悪いことをしたね。けど如何せん、こっちも状況を把握する時間がなかったんだ。大目に見ろ」
最後には命令口調で言い切ったの息は既に整っている。
すぐ後ろに立つ操などは膝に手をつき喘いでいたが、どちらかと言えばそちらの方が正しい状態なのだろう。
傾斜の高い神社の石段を目を見張る速さで駆け上りながら、は視界にその景色が飛び込んできた途端、石段を登りきる前に迷うことなくその腰に手をのばしていた。
咄嗟に引き抜いたのが大刀ではなく脇差だったのは、投げるのにちょうどよかったからだ。
刀を抜いて飛び込めるほど、事態に余裕はないと判断した。
結果、は名乗りを上げる暇もなく、その到着を誰に気づかれるよりも前に、珍妙なほうき頭の敵の攻撃を阻むことになったのだ。
「で? 今はいったい、どういう状況なんです?」
「ほんまになんもわかっとらんのかいっ!」
思わず突っ込んだのは、関西人の血が騒いだに違いない。
しかし、いっそう頭に血を昇らせて憤慨している張を、はいともあっさりと黙殺した。
むしろその問いは、始めから張に向けられたものではない。
「青空殿の息子は今のところ無事じゃ。しかし、青空殿がいったい何をするつもりなのかは………」
「じじいまでシカトかっ!?」
に問われた翁が、喚く張をこれまた無視して口を開いたのだが、しかしそれは最後まで語られることはなかった。
「緋村さんっ!!」
神社の社に駆け込んだ青空が、その手に何かを持って現れたのだ。
全員の意識がそちらへ集まる。
もちろん、張の意識も。
しかし、誰が反応するよりも、青空の行動のほうが早かった。
「父の最後の一振りです、これを使ってください!!」
剣心へ向かって放り投げられるそれ。
それは一本の、白木拵えの刀だった。
驚きの表情でそれを受け取った剣心は、咄嗟に柄の部分に手を添える。
けれど、動きはそこで停止した。
「ちっ、アホなボケ突っ込みなんぞやっとったおかげで、初動が遅れてもたやないか。………まあええ、これであんたを倒すのと刀を手に入れるのと、二つの目的が一つになったわけや」
「あんたが一人で突っ込んできただけだろう。勝手にボケにされるのは心外だ」
至極真面目な顔でが言うと、張は再びに歯を剥いた。
「水差すな言うとるやろ! ちょっと黙っとかんかい、ワレ!」
それに肩をすくめてみせる。
その仕草にカチンと来ないでもなかったが、とりあえずは口を閉ざしたことに、張は気を取り直す。
「抜けや。ええ加減、ケリつけようや」
真剣同士、殺るか殺られるかの勝負だと。
要求する張の言葉に、しかし剣心は身じろぎしない。
白木の柄に手を添えたまま、いつでも抜き放てるはずなのに、何故かそこには警戒に値するだけの殺気も緊迫感も存在しなくて。
代わりに感じるのは、戸惑いと困惑。
「なにやってんのよ緋村! 刀さえあればそんな奴!」
「いや………駄目じゃ。緋村君は恐らくあの刀は抜かん」
「え?」
勢い込んだ操の叫びに、翁が深刻な面持ちで呻いた。
剣心の詳しい素性を知らない操は怪訝な顔をする。
殺るか殺られるかのこの瀬戸際に、何を躊躇うことがあるのかと。
「というより、抜けないんだよ。剣心には、あの刀は抜けない」
「はぁ?」
翁の言葉を引き継いだに、操はますます納得がいかないと訴えた。
「いくら不殺を誓ってるからって、今はそんなこと言ってる場合じゃないじゃない! 何をそんなにこだわって………」
「この一度が、剣心にとって命取りだからさ。流浪人としての剣心の。今ここで箍を外してしまえば、ようやく押さえ込んできた抜刀斎としての感覚を止める術はもうない」
「抜刀、斎…………」
その名に、操は息を呑んだ。
幕末最強と謳われる伝説の人斬り。
その世界で知らぬ者はいない。ましてやその人斬りは、表の世界ですら噂されるほどで。
それが、あの小柄ですっ呆けた男だというのか。
「まさか………」
否定しようとして、失敗した。
京都までの道中、幾度か目にしてきたその超人的な立ち回りを思い出したのだ。
「でも、でも………じゃあ、どうするのよ。このままじゃ緋村の奴、あの張って奴に………!」
「負けるだろうね」
あっさりとは答える。
それがそのまま、死に繋がるのだという事実を知っていて。
あまりに薄情なその物言いに操は思わずを仰ぎ見たが、しかし視線を捕らえることは出来なかった。
はただ真っ直ぐに剣心と張を見据えている。
その瞳は冷たく研ぎ澄まされ、まるで氷をはった水面のようだ。
操は鳥肌がたつのを感じた。
この人は、こんな目をする人間だっただろうか?
触れるもの全てを凍てつかせるような、鋭利な空気。
腕が立つことは知っていた。
緋村同様、維新志士だったのだということも聞いている。
けれど、こんなにも。
まるで本人自身が刀の刃であるかのように。
これが緋村との、本当の姿だというのだろうか。
「私が手を出すのは、承知しないだろうね」
「………ああ」
の無造作な問いは、操たちには誰に対するものなのかわからなかった。
しかし背を向けたままの剣心が低く答える。
僅かな逡巡は、木の上の伊織が目に入ったからだ。
けれどかろうじて、しかしそれゆえに強く残っている流浪人としての誓いが、剣心の首を横に振らせた。
「っな、に言ってんのよ! あんたこの状況わかってんの!? が代われば事は簡単に………!」
「お主は殺すだろう」
「十中八九」
憤慨する操などどこ吹く風で問う剣心に、はさらりと返した。
そこに一切の淀みはなく、まるでそれが真理であるかのような錯覚を覚える。
いや、かつてはそれが真理だったのかもしれない。
むしろ今の自分のほうが、屈折しているのかもしれない。
けれどたとえそうだったのだとしても、剣心はそれを是とするつもりはなかった。
そう、今は、まだ。
「………あんた、人斬り抜刀斎やろ。人斬りが人斬るのになに躊躇しとるんや」
二人のやり取りを黙って見ていた張が、ついに痺れを切らして口を開いた。
いまだ刀を抜かない剣心を挑発する。
「幕末最強の維新志士が聞いて呆れるわ。そんなんやったら、そこのいけすかん奴のほうがマシやで」
「いけすかないのはお互い様。死に急ぎたいなら是非指名してくれ。後悔させないだけの自信がある」
飄然と吐いたの言葉の意味を正しく理解するのに、張は若干の時間を要した。
まさか答えが返ってくるとは思っていなかったことと、抜刀斎との一戦を前に頭に血が上っていたことが理由にあげられるかもしれない。
しかしなによりも、の口ぶりがあまりにナチュラルだったということが最も大きな要因だろう。
ナチュラルに、大胆不敵なふてぶてしい内容を、さらりと吐いて見せたのだ。
つまりは、あんたを殺す自信があると。
張はの言葉を思わずそのまま受け流してしまいそうになったが、しかし寸でのところではっと理解した。そして理解した途端、今度は別の意味で頭に血が上る。
「ええ度胸しとるやんけワレ………待っときぃ、抜刀斎を殺った後は、赤空の刀より何よりまず先に、お前を血祭りにあげたる」
張の目は怒りと苛立ちと興奮に血走り、とてもじゃないが冷静だとは言いがたい。
しかしそれでも、やはり標的は変わらなかった。
剣心を見下ろして言う。
「そういうわけや。後がつかえてるんでなぁ、さっさとやらせてもらうで。あんたが人を斬る喜び忘れました言うんなら、このワイが思い出させたる」
薄刃乃太刀を構えた張の身体が反転し、背後の頭上に目標を定めた。
木の上に吊るされた、まだ物の道理もなにも知らない無垢な子供。
「実演を踏まえてな!!」
その身体めがけて凶悪な殺人剣が唸りを上げる、と見えたとき。
「おおおお―――!」
なんの前触れもなく、剣心の中で何かが音をたてて弾けた。
足が地を蹴る。
手にしていた白木作りの刀を強く強く握り締め、揺らぎようのない勝利の自信に笑みを浮かべている相手に肉迫した。
「もろうた―――!」
張の歓喜を聞く。
けれどそれはひどく遠く、そして虚しく砕け散る。
砕いたのは、自分。
「―――っ!!」
張の身体は旋毛を巻き、声も立てずに撃沈した。
一瞬前まで己を縛っていた流浪人の誓いは、今や剣心の中から跡形もなく消え失せている。
張を見下ろす眼光は人斬りのそれ。
一切の同情も、情けも、罪悪感も存在しない。まるで物でも見ているかのような、無機質な視線。
それは、鬼の視線。
「剣心」
誰もが口をきくことを憚る中で、が静かに口を開いた。
剣心の視線がそちらへ流される。無機質なままに。
しかしと視線が絡んだ瞬間、剣心ははっと我に返った。
唐突に状況が流れ込んでくる。
自分は、とうとうやってしまったのか。
そんな思いが戸惑いと絶望を呼んだ。
二度と、この手を血に染めるまいと。
他人の命を決して奪うまいと、そう、誓ったというのに………。
しかし、手にした刀に目を落としたとき、それらの思考は一瞬で霧散した。
「―――!」
「あっ」
「その刀………」
誰もが一様に目を見開く。
明暗の逆になった奇妙な刀身。
剣心の手の中にあって、違和感を感じさせないその風貌。
それはまさしく、紛れもない逆刃刀であった。
ようやく真打を手に入れました。
関西人の血が騒ぐという現象は、あながち嘘ではありません。
ツッコまずにはいられない。ボケないわけにはいられない。
そんな経験が、無きにしも非ずな管理人。 生粋の関西生まれ、関西育ち。
まぁ、関西人でも症状の程度は人それぞれなのですが。
New!るろうに剣心 ― ベスト・テーマ・コレクション ―
★★★★★
るろうに剣心アニメ版の初代オープニング「そばかす」から、京都編のエンディング「1/3の純情な感情」までを
すべて収録。
しかも、劇場版のエンディング「永遠の未来」と、劇場版公開記念につくられた「宿敵見参!」と「The十本刀」(笑)
が収められているこのCD!
かなりいいんですよ〜。
るろ剣のCDは何枚か持ってますけど、一番良いのはこれですかねぇ。
なんというか、余分なものは一切はぶいてって感じです。
歴代オープニング、エンディングのなかで一番気に入っているのは、剣心の声を演じられた涼風真世さんが歌う
「涙は知っている」。
さすが元宝塚歌劇団トップの涼風さんです。上手いんですよね、歌が。
もちろん他の曲も良いですよ。ああ、この曲覚えてる〜、と、当時流れていた映像なんかも思い出したりして。
で・す・が!
私が何よりオススメしたいのは、劇場公開記念の「宿敵見参!」と「The十本刀」なんです!
アニメタルが歌うこの二曲。そのタイトルどおり、京都編以前の剣心の敵キャラ(鵜堂靭衛とか)と十本刀のテーマ
ソングです。
一人ひとりの心の内を歌詞にしてるんですが、とにかくこれが胸にくる!
そのキャラが背負うモノを、とても短い歌詞の中にぎゅっと凝縮しているんですよね。
歌っているのは声優さんじゃないんですけど、とにかくその一つ一つにキャラの全てが詰まってるといっても過言
じゃありません。
もちろん、四乃森蒼紫や斎藤一のテーマソングもありますよ。
曲調がヘビーメタル調なので最初の頃は抵抗があったんですけど、何回か聞いているうちにこれが一番のお気に
入りになりました。
皆さんもぜひ、聞いてみてください。
剣心華伝 ― 全史るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★★
五年にわたる連載の、ぶっちゃけ話や裏話が満載のこの一冊。
原作者である和月伸宏氏の事細かなインタビューを中心に、描かれなかったエピソードの話や、全二十八巻の詳
しいストーリー、表紙イラスト。とにかく様々な裏情報が収録されています。
和月氏のインタビューの中には、この頃にはまだ決まっていなかった次回作に関するコメントも含まれているとか。
好きな人は注目ですね。
今更という感じもしますが、連載が終わって随分経った今だからこそ、逆に新鮮に感じるのではないでしょうか。
「ああ、そういえばこんなこともあったなぁ」 なんて感傷に浸ってみたりするのもオツかも。(笑)
そして何より私の心を掴んで離さないのは、るろ剣本編では語られなかった、キャラクターたちの その後 が収録
されてるということ。
剣心と薫の子供については、最終巻で和月氏が語っていらっしゃいましたよね。
ところがこれには、他のキャラたちの後日談が、オールカラーで収録されています。
五年後のエピソードで、左之助や恵はもちろん、斎藤や操に至るまで描かれていて、これはもう必見!
コミックス二十八冊に加えて、これを持っていればもう完璧?
夢を書くときに役立ちそうですよね………。
剣心秘伝 ― 原典・るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★☆
こちらは京都編までの事細かなストーリーや情報が収録されている一冊。
範囲が限定されている分、こちらの方がデータがより詳しいものになっていますね。
たとえば、京都編に出てくるキャラたちのプロフィールとか、それまでの戦歴とか。
ていうか、これこそ私が今求めているものでは………?
とにかく情報が詳しいのが売り。
上の『剣心華伝』が、るろ剣という作品の流れに着目する歴史書ならば、こちらの『剣心秘伝』は特定の時代に的を
絞った専門書?
この二冊をそろえた暁には、マスターと名乗っていいですか?(笑)
カラーページも豊富で、京都編がお気に入りの人はぜひとも手に入れておきたい一品。
でもやっぱり時代が区切られていると言うことで、謙虚に星は四つ。
内容は五つ星なんですけどねぇ。
幕末恋華・新撰組 PS2
★★★★☆
トップページでも紹介している、『うるるんクエスト 恋遊記』と同じ3Dの作品。
本格派歴史系恋愛アドベンチャーですね。
史実に沿った事件が起こる中で、女性隊士として新撰組に所属することになった主人公。
時代の荒波に翻弄されながらも、刀を取り、懸命に戦い生き抜いていくのです。
まさしくゲーム版ドリームですな。
なにぶん新撰組ですから、どうやったって悲恋になるだろうってキャラはいますが、訪れたEDに感動することは請
け合いです。
絵柄も綺麗ですし、声優陣も豪華なメンバーが揃っているので満足できると思いますよ?(しかもフルボイス)
ただ、D3という会社の方針として、『安価で攻略も簡単なものを』という目標? 理念? の元に製作された物です
から、攻略は簡単です。
人によっては物足りなさを感じてしまうかも?
そういった点では初心者向きですかねぇ。
ですが、近藤勇や沖田宗司、土方歳三などと、時代に全てを捧げて一心に生き、けれどもその一方で、どうするこ
ともできずに湧き上がる暖かな思い。
これはかなり胸にきます。
現代に生きる私たちには予想できない、様々な人間模様が用意されているかも。
個人的にはおすすめですが、やはり攻略の難易度が低いことを踏まえて、星は四つ。