27 知らせか警告か
京の街をひた走る。
長いお下げ髪をなびかせて、巻町操はひたすらに走っていた。
「もー、いったいどこほっつき歩いてんのよ、の奴〜!」
漏らした愚痴の口調とは裏腹に、その顔には緊迫感すら漂わせている。
こめかみをつたう汗は、なにも過度な運動のせいだけではないらしい。
始めは大通りを駆けていたが、ふと捜し人の習性を思い出して裏道に入り込んだ。
幼い頃から親しんだ街にあっては、裏道も彼女にとっては庭に等しい。
縦横規則的に走る道を、全力で駆け巡って。
「まったく、緋村といいといい、ちょっとは周りのことも考えなさいよね。どれだけ強いか知らないけど、事の後先を考えればこんな………」
いいかげん溜まってくる疲労に、武器も持たずに飛び出していった愚か者と、行方の知れないその連れに、操は弾む息の合間をぬってぼやかずにはいられない。
しかし彼女のもっともな主張は、最後まで口にされることはなかった。
民家の連なる裏道の前方に、求めていた後ろ姿を見つけたのだ。
一つに結わえられた長い黒髪と、腰にある大小。
その瞬間、取るべき行動の選択肢は決まる。
一秒だって考えはしない。そんな時間だって惜しいのだ。それに、誰が間違えるというのか。このご時世に白昼堂々、帯刀したまま大手を振って歩く人間など、操の知る限りでは二人しかいない。
操は目標を正確に捉えると、そのまま少しも速度を緩めることなく、むしろ加速する勢いで一直線に突っ込んでいった。
相手はまだ気づいていない。
これでも御庭番衆の一員なのだ。そうそう簡単に気配を悟られてたまるものか。
ささやかな矜持を胸に、肉薄する後ろ姿に跳躍のタイミングを計る。
そして、両足が地面を踏み切る瞬間。
「―――っ!」
相手の名を鋭く呼んだ。
それと同時に、地を離れた両足は目標の背中へ向かって繰り出される。
避けることはできない。
確実な間合いのはずだった。
しかし。
「―――」
「うひゃあっ!」
獲物を捕らえる手ごたえを確信した途端、それはものの見事に裏切られてしまった。
予想していた負荷は忽然と消え失せ、代わりに避けがたい落下感が操を捉える。
方向転換のかなわない空中で操はなす術もなく、目標であったの進行方向に積まれていた火災用の桶の山に、盛大な騒音を撒き散らしながら豪快に突っ込んだのだ。
どんがらがっしゃん、ごろん、ばきん、がらごろがら………
「いっ……たたた。もー、なによ、気づいてたんならもっと早くにそう……………」
桶の転がる騒音に紛れ漏らされた苦言はしかし、喉の奥に消える。
ぶつけた腰をさすりながら桶の山から身を起こそうとした操の眼前に、その人の陰にあってなお光を放つ、冷たい凶器の切っ先が突きつけられていた。
声もでない。
息をすることすら憚れる、そんな至近距離。
僅かでも身じろぎすれば、この鋼は一瞬の内に血色に染まるのだと、否応なく自覚させられる。そしてそれは、間違いなく自分の血流によるもので。
そんな確信に、全身を先ほどまでとは違う冷たい汗が伝う。
「―――っ………」
「―――操、ちゃん……?」
ぼつりと。
確実な死の予感に、息すら詰めて硬直している操の頭上から呟きのような声が落ちてきたのは、数瞬後のこと。
眼前の切っ先は微塵も動かないままだったけれど、操は名を呼ばれたことにゆっくりと視線を上げた。
むき出しの凶器の主がこちらを見下ろしている。
その顔は頭上からの逆光により濃い影に覆われていて、はっきりとは見えなかった。
しかし向こうには認識できたようで、ぴたりと向けられていた刀の先は逸らされて。
「どうしたの、こんなところで」
慣れた手つきで腰の鞘に戻しながら、は飄然と言った。
そのことに、操のどこかで何かが音を立てて切れる。
「〜〜〜っどうしたのじゃないわよ! あんたそんな無闇に刀振り回して、当たってたらどうするつもりだったのさ!」
言い知れない緊迫感からの解放による安堵と虚脱の反動か、叫ぶ操の声はいつにも増して荒い。
その勢いに任せて立ち上がった彼女は、腕を組んでそっぽを向いた。
会心の一撃になるはずだった必殺飛び蹴りをあっさりとかわされ、少々ばつが悪かったのだ。ましてや刀を突きつけられて動きまで封じられるなんて、仮にも御庭番衆を名のる身としては情けないことこの上ない。
「ああ、ごめん。ちょっとぼうっとしてたもんだから、つい………って、先に問答無用で背後から蹴りつけようとしたのは操ちゃんじゃないか」
「この非常時にふらふらほっつき歩いてるほうが悪いのよ!」
なんとも傍若無人な返答をきっぱりすっぱり言い放った操だったが、次の瞬間、はっとして我に返った。
勢いよくの方へ向き直る。
「って、こんなところで悠長に話し込んでる場合じゃないんだって!」
「うん?」
のん気に首をかしげるに顔を突きつけて、操はまくし立てるように口を開こうとした。
しかし。
「ついさっき志々雄一派の奴が新井青空の、息子、を………」
「―――息子を?」
まるで風船がしぼむように言葉が途絶えていったので、は促すように繰り返した。ところが操から答えは返ってこない。
かわりにじっと顔を凝視されて。
「操ちゃん?」
「………あんた、どうしたのよ、それ」
「? それ?」
指差されて振り返ってみる。何もない。
ただ、何の変哲もない道が続いているだけだ。
がそれってどれのことだと向き直ると、眉をひそめた操の顔とぶつかった。
「なんて顔色してんのよ。あんた、まさかなにか病気なんじゃ……」
背後から蹴りかかった事と、が逆光に立っていたこともあって気づかなかったが、その顔色は人をぎょっとさせるに充分だった。
血の気が引き、青ざめている。
影が落ちているせいかもしれなかったが、それを抜きにしても明らかに普通ではない。
言われたはそのことが意外だったのか僅かに眉を上げたが、しかしすぐに笑うと首を横に振った。
「まさか。生まれてこのかた、病気らしい病気もしたことがないのに」
「そんなの関係ないでしょ。病気なんて、なろうと思ってなるもんじゃないんだから」
もっともな操の指摘。
だがは、なおも首を横に振る。
「大丈夫だよ。何ともない」
「でも………」
なおも食い下がろうとする操を、は右手をかざして遮った。
浮かべていた笑みをひそめて言う。
「本当に、大丈夫だ。問題ない。病気じゃないし、意識もはっきりしてる。医者もいらない。いいね、この話はこれで終わりだ」
「………………」
そんな眼で見据えられて、否といえるはずがなかった。
静かだが有無を言わさぬ迫力に操はたじろぎ、かろうじてこくりと頷く。
それを見たはようやく視線を逸らし、その気配を和らげた。
「それで? 青空さんの息子がどうしたって?」
に促され、操は最初に言おうとしていた、最も重要なことを思い出した。
そうだ、時は一刻を争っていたのだ。
こんなところでのんびりしている暇はない。
持ち前の利かん気の強さで気を持ち直すと、操は焦りを浮かべて言った。
「志々雄一派の奴に、新井青空の息子が誘拐されたのよ!」
「―――場所は?」
余計なことを問いはしない。
事実だけを把握し行動を選択するのは、昔からの習性だ。
それに新井赤空の息子青空、志々雄の手下と聞けば、それ以上の情報など聞くまでもなかった。
巻き込まれたのだ。
「白山神社よ。爺やたちも向かってるけど、緋村の奴が知らせが届くや否や飛び出して行ったらしくて。あいつ、刀も折れてるくせにいったいどういうつもりなのよ」
苛立たしげな操とは逆に、は呆れともつかない表情を浮かべる。
そのときの様子がありありと想像できてしまったからだ。
きっと、どういうつもりも何もないに違いない。
剣心のことだから知らせを聞いた瞬間、あの伊織という幼子を助けるということ以外、頭の中からすっ飛んでしまったのだろう。
「ああ、まあ、剣心らしいと言えばらしいけど」
「は?」
「いや、なんでもない。ほら、いつまでも桶に囲まれてないで、私たちも急ごう」
「これはあんたが避けたから………!」
操の抗議は、しかしの背中に遮られてしまった。
先にすたすた行ってしまうを、操は不平の呟きを漏らしながらも追いかける。
その気配を察しながら、徐々に歩調を速めていくの意識はしかし、まったく別の事柄に妨げられていた。
そんな場合ではないことを自覚しながらも、頭の中を侵食するモノを排除することができない。
『忘れないでね―――』
つい先ほどまで目の前にいたヒトの口からこぼれ出る、呪詛の言葉。
『私が今生きてここにいるのは、あなたの為なのだから』
昔とは、少しも変わらぬ柔らかな声音で。
昔とは、似ても似つかぬ病んだ笑みで。
『この四年、あなたのことだけを考えて生きてきたのよ。あなたを、この手で殺すことだけを考えて生きてきたのよ―――』
それは確かに、修羅の瞳。
堕ちた者にしかわからない闇を、知っている瞳。
そんなものには一生、縁のないはずの人だった。
―――ワスレテシマッタノ?
―――忘れないでね
夢と現。
二つの残像が重なり合い、現実の頚木となって責めたてる。
選ぶべき道を違えぬようにと。
「………………っ」
不意に襲ってきた鈍い頭の痛みに、駆けながらは眉を寄せた。
鈍重なそれが、重く鉛のように沈殿する。
しかし、そのの僅かな異変に、彼女の後ろを必死について走る操が気づくことはなかった。
古巣に帰ってきたことで、幻影はよりリアルな偶像となって現れる。
New!るろうに剣心 ― ベスト・テーマ・コレクション ―
★★★★★
るろうに剣心アニメ版の初代オープニング「そばかす」から、京都編のエンディング「1/3の純情な感情」までを
すべて収録。
しかも、劇場版のエンディング「永遠の未来」と、劇場版公開記念につくられた「宿敵見参!」と「The十本刀」(笑)
が収められているこのCD!
かなりいいんですよ〜。
るろ剣のCDは何枚か持ってますけど、一番良いのはこれですかねぇ。
なんというか、余分なものは一切はぶいてって感じです。
歴代オープニング、エンディングのなかで一番気に入っているのは、剣心の声を演じられた涼風真世さんが歌う
「涙は知っている」。
さすが元宝塚歌劇団トップの涼風さんです。上手いんですよね、歌が。
もちろん他の曲も良いですよ。ああ、この曲覚えてる〜、と、当時流れていた映像なんかも思い出したりして。
で・す・が!
私が何よりオススメしたいのは、劇場公開記念の「宿敵見参!」と「The十本刀」なんです!
アニメタルが歌うこの二曲。そのタイトルどおり、京都編以前の剣心の敵キャラ(鵜堂靭衛とか)と十本刀のテーマ
ソングです。
一人ひとりの心の内を歌詞にしてるんですが、とにかくこれが胸にくる!
そのキャラが背負うモノを、とても短い歌詞の中にぎゅっと凝縮しているんですよね。
歌っているのは声優さんじゃないんですけど、とにかくその一つ一つにキャラの全てが詰まってるといっても過言
じゃありません。
もちろん、四乃森蒼紫や斎藤一のテーマソングもありますよ。
曲調がヘビーメタル調なので最初の頃は抵抗があったんですけど、何回か聞いているうちにこれが一番のお気に
入りになりました。
皆さんもぜひ、聞いてみてください。
剣心華伝 ― 全史るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★★
五年にわたる連載の、ぶっちゃけ話や裏話が満載のこの一冊。
原作者である和月伸宏氏の事細かなインタビューを中心に、描かれなかったエピソードの話や、全二十八巻の詳
しいストーリー、表紙イラスト。とにかく様々な裏情報が収録されています。
和月氏のインタビューの中には、この頃にはまだ決まっていなかった次回作に関するコメントも含まれているとか。
好きな人は注目ですね。
今更という感じもしますが、連載が終わって随分経った今だからこそ、逆に新鮮に感じるのではないでしょうか。
「ああ、そういえばこんなこともあったなぁ」 なんて感傷に浸ってみたりするのもオツかも。(笑)
そして何より私の心を掴んで離さないのは、るろ剣本編では語られなかった、キャラクターたちの その後 が収録
されてるということ。
剣心と薫の子供については、最終巻で和月氏が語っていらっしゃいましたよね。
ところがこれには、他のキャラたちの後日談が、オールカラーで収録されています。
五年後のエピソードで、左之助や恵はもちろん、斎藤や操に至るまで描かれていて、これはもう必見!
コミックス二十八冊に加えて、これを持っていればもう完璧?
夢を書くときに役立ちそうですよね………。
剣心秘伝 ― 原典・るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★☆
こちらは京都編までの事細かなストーリーや情報が収録されている一冊。
範囲が限定されている分、こちらの方がデータがより詳しいものになっていますね。
たとえば、京都編に出てくるキャラたちのプロフィールとか、それまでの戦歴とか。
ていうか、これこそ私が今求めているものでは………?
とにかく情報が詳しいのが売り。
上の『剣心華伝』が、るろ剣という作品の流れに着目する歴史書ならば、こちらの『剣心秘伝』は特定の時代に的を
絞った専門書?
この二冊をそろえた暁には、マスターと名乗っていいですか?(笑)
カラーページも豊富で、京都編がお気に入りの人はぜひとも手に入れておきたい一品。
でもやっぱり時代が区切られていると言うことで、謙虚に星は四つ。
内容は五つ星なんですけどねぇ。
幕末恋華・新撰組 PS2
★★★★☆
トップページでも紹介している、『うるるんクエスト 恋遊記』と同じ3Dの作品。
本格派歴史系恋愛アドベンチャーですね。
史実に沿った事件が起こる中で、女性隊士として新撰組に所属することになった主人公。
時代の荒波に翻弄されながらも、刀を取り、懸命に戦い生き抜いていくのです。
まさしくゲーム版ドリームですな。
なにぶん新撰組ですから、どうやったって悲恋になるだろうってキャラはいますが、訪れたEDに感動することは請
け合いです。
絵柄も綺麗ですし、声優陣も豪華なメンバーが揃っているので満足できると思いますよ?(しかもフルボイス)
ただ、D3という会社の方針として、『安価で攻略も簡単なものを』という目標? 理念? の元に製作された物です
から、攻略は簡単です。
人によっては物足りなさを感じてしまうかも?
そういった点では初心者向きですかねぇ。
ですが、近藤勇や沖田宗司、土方歳三などと、時代に全てを捧げて一心に生き、けれどもその一方で、どうするこ
ともできずに湧き上がる暖かな思い。
これはかなり胸にきます。
現代に生きる私たちには予想できない、様々な人間模様が用意されているかも。
個人的にはおすすめですが、やはり攻略の難易度が低いことを踏まえて、星は四つ。