24 幻影
その姿を、忘れたことは一度もない。
一つに結わえた黒く流れる髪。その小柄な身体には相応しくない、けれど一切の違和感を感じさせず腰に差す大小の刀。
宵闇の中、彼女が姿を現せば、それはまるで真夜中の漆黒が先んじて現れたかのようで。
その陰影たる影が、音もなく一閃させる白刃の鈍い閃き。
忘れろと言うほうが、所詮は無理な話。
一見すれば荒事になど似つかわしくない繊細な外見は、ひとたび刀を抜き放てばあっけなく裏切られる。
黙って座っていれば、まだ子供と言っても差し支えないというのに。
敵の血に濡れ、断末魔に晒されて、一層冷たく冴え渡るその瞳。
成長し、大人びた後の姿さえ目にすることはなくなって、もう随分になると思うのに、記憶の中のそれは一向に色あせる気配がない。
「…………」
夕暮れの迫る薄暗い家路を、篠崎は漫然と進んでいた。
その身に纏う制服は昼間のものと同じはずなのに、職務という枷から開放された今、その独特の堅苦しい堅固さを漂わせることは無い。
代わりに彼が纏っているのは、一日の労働に加え、いつにない肉体労働を強いられた事から滲み出る、慢性的な疲労感だ。
その上、辺りに漂う夕餉の香が、待つ者のいない家へと向かう一人身の淋しさをより一層身にしみさせて。
篠崎は気を抜けばもらしそうになる溜め息を、すんでの所でこらえていた。
いつもなら、これほど倦怠感を覚えることも無い。
日々の職務は決して楽しいわけではないが、疲弊するほど耐え難いわけでもなく、また、充実感を得られるほど満ちたものでもない。
どちらかといえば気詰まりな職務を終えた後の毎日の帰路は、その解放感からささやかながらも心軽くあるはずなのに。
この日、いつもとは異なる感覚をこの身に刻む要因となった昼間の出来事を、篠崎は何故ともなく思い起こしていた。
結局、廃刀令違反者との追いかけっこは、案の定向こうの勝利で幕を閉じた。
違反者を追いかけ始めたあの場所からしばらくは大通りを駆け巡っていたのだが、違反者はだんだん人気の少ない方へと逃走し、気づいた時にはすっかり姿が見えなくなっていた。
それはまるで、神隠しにでもあったのかと思うほど見事な逃げっぷりで。
本人がその気になれば、もっと早い時点でそうすることもできたのだろう。
早くからこの逃走劇の勝敗を予期していた篠崎にも、違反者の意図する所はわからなかったが、とりあえずこの結果に関しては予想通りだったので別段思うところもなく。
撒かれてしまったことをことさらに悔しがったのは、職務遂行に燃えていた新人巡査の村上君だった。
彼は、追っていた違反者の姿が見えなくなって初めて、自分が相手の思う壺にがっつりはまっていたことに気づいたらしい。
違反者を憎む気持ちと自身の不甲斐なさに、怒ったり落ち込んだりと忙しく浮き沈みする部下を適当に宥めすかし、ともすれば職務怠慢にもなりかねない平然さで署に戻った篠崎は、先程のことなどすっかり忘れてしまったような顔をして、まったくいつもどおりに用意されていた書類仕事をたんたんとこなした。
巡回で遭遇した騒ぎの件数がいつもより若干多かったことを除けば、今日一日の仕事は特にこれといって特筆することも無い、変わり映えのしないもの。
それなのに、一日の職務を滞りなく終えて清々しい気分で帰路についているはずの今、疲労から常より若干鈍い感じのする彼の思考によぎるのは、己でも意図しない過去の残像で。
ふと思い出した人物の姿が思いのほか鮮明だったことに、篠崎は表に出さず自嘲した。
よりにもよって浮かび上がったその幻影が、最後に見た一年前のものではなく、十年以上も昔の、出会ったばかりの頃のものだったから。
今日の自分は、どこかおかしい。
己に対するどうしようもない呆れと共に、その人の影を脳裏に浮かべるたびに感じる、言い知れない痛みをまたしても自覚した。
流れる黒髪、刀を差した小柄な身体、そしてなにより、手に携える刃よりも鋭利で冷艶なあの眼光が、己を捕らえて放さない。
全ては一年前のあの日、彼女をこの手で送り出したその時に、とうに終わりを告げたはずなのに。
自分はまだ迷っているとでも言うのだろうか。
過去、己自身が選んだはずの選択を。
たとえそれが間違っていたのだとしても、もうどうすることもできはしないのに、それでも、まだ―――?
「………今日の夕飯は、メザシでも焼くか」
深く沈みこみそうな己の意識を現実世界に引き止めるために、篠崎はわざとそんなことを呟いてみた。
同じことは、今までに数え切れないほど考えたはずだ。
選択する以前も、全てが終わってしまった後も。
埒も無い思考をめぐらすことは、随分前にやめたはずではなかったのか。
そう、心の中で叱責して。
もう遅すぎるその迷いを今更ながらに思い浮かべたのは、きっと昼間にあった出来事のせい。
篠崎は憮然としてそう思った。
あの、廃刀令違反者。
随分見ることの少なくなった剣客姿が、脳裏の幻影を揺り起こしている。
いくら背丈や暗い色を好む色彩が彼女と似通っていたからといって、本人であるはずが無い。
幻影の主である彼女自身が再びここに、自分の目の前に姿を現すことなどありえないことなのだ。
それでもなお、あの巧みな身のこなしや、ふとした行動の端々が、どうしても思い起こさずにはいられなくて。
激動の時代。
混乱と荒廃を極め、荒れ狂う時代の流れに地獄絵図のごとき様相を呈していた幕末の京都において。
降りしきる鮮血の雨の中、白刃を手に揺るぎなく立ち尽くす、鬼とすら呼ばれ得たその姿を………。
「……………」
ふと。
家のある道に差し掛かる角を曲がったとき、漫然と道を歩いていた篠崎は、視界に飛び込んできたその景色に足を止めた。
否、景色にではない。
見慣れたなどという言葉では到底足りないほどに慣れ親しんだ家の前の道。
毎日嫌でも目にするその風景の中に、忽然と存在する常とは違う影があったのだ。
見ず知らずのはずのその後ろ姿。それなのになぜか、妙な既視感を覚える。
黒い着物、小柄な体躯、そして何より、その腰にある二本差し。
ああそうだ。
あれは確か、昼間自分たちが追いかけていた廃刀冷違反者の―――。
「………―――?」
呟きのようなその呼びかけに、佇んでいた影は振り返った。
どうして自分はその名を口にしたのか。
あの違反者が彼女であるはずが無いと、ついさっき確認したばかりなのに。
口をついて出たのは、懐かしい、幻影の人の持つ名前。
偽りの男名ではなく。
ここにいるはずのない、いるべきではない彼女の。
しかし家の前に佇む影は振り返り、呼びかけた自分を見止めて訝しげな顔をすることもなかった。
ただ、そちらの方の名を呼ばれたことに、少しばかり意外そうな表情をして。
まるで、約束でもしていたかのような自然さで。
「―――ああ、まだここに住んでたんだな」
そう言って、記憶の幻影よりも大人びた、一年前のそれと寸分違わぬ立ち姿の彼女は。
ありえないはずの邂逅に、一切の運動機能を失って立ち尽くしている自分に向かって、静かな笑みを浮かべたのだった。
篠崎さんの回。
意外なポジションに鎮座する彼。
New!るろうに剣心 ― ベスト・テーマ・コレクション ―
★★★★★
るろうに剣心アニメ版の初代オープニング「そばかす」から、京都編のエンディング「1/3の純情な感情」までを
すべて収録。
しかも、劇場版のエンディング「永遠の未来」と、劇場版公開記念につくられた「宿敵見参!」と「The十本刀」(笑)
が収められているこのCD!
かなりいいんですよ〜。
るろ剣のCDは何枚か持ってますけど、一番良いのはこれですかねぇ。
なんというか、余分なものは一切はぶいてって感じです。
歴代オープニング、エンディングのなかで一番気に入っているのは、剣心の声を演じられた涼風真世さんが歌う
「涙は知っている」。
さすが元宝塚歌劇団トップの涼風さんです。上手いんですよね、歌が。
もちろん他の曲も良いですよ。ああ、この曲覚えてる〜、と、当時流れていた映像なんかも思い出したりして。
で・す・が!
私が何よりオススメしたいのは、劇場公開記念の「宿敵見参!」と「The十本刀」なんです!
アニメタルが歌うこの二曲。そのタイトルどおり、京都編以前の剣心の敵キャラ(鵜堂靭衛とか)と十本刀のテーマ
ソングです。
一人ひとりの心の内を歌詞にしてるんですが、とにかくこれが胸にくる!
そのキャラが背負うモノを、とても短い歌詞の中にぎゅっと凝縮しているんですよね。
歌っているのは声優さんじゃないんですけど、とにかくその一つ一つにキャラの全てが詰まってるといっても過言
じゃありません。
もちろん、四乃森蒼紫や斎藤一のテーマソングもありますよ。
曲調がヘビーメタル調なので最初の頃は抵抗があったんですけど、何回か聞いているうちにこれが一番のお気に
入りになりました。
皆さんもぜひ、聞いてみてください。
剣心華伝 ― 全史るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★★
五年にわたる連載の、ぶっちゃけ話や裏話が満載のこの一冊。
原作者である和月伸宏氏の事細かなインタビューを中心に、描かれなかったエピソードの話や、全二十八巻の詳
しいストーリー、表紙イラスト。とにかく様々な裏情報が収録されています。
和月氏のインタビューの中には、この頃にはまだ決まっていなかった次回作に関するコメントも含まれているとか。
好きな人は注目ですね。
今更という感じもしますが、連載が終わって随分経った今だからこそ、逆に新鮮に感じるのではないでしょうか。
「ああ、そういえばこんなこともあったなぁ」 なんて感傷に浸ってみたりするのもオツかも。(笑)
そして何より私の心を掴んで離さないのは、るろ剣本編では語られなかった、キャラクターたちの その後 が収録
されてるということ。
剣心と薫の子供については、最終巻で和月氏が語っていらっしゃいましたよね。
ところがこれには、他のキャラたちの後日談が、オールカラーで収録されています。
五年後のエピソードで、左之助や恵はもちろん、斎藤や操に至るまで描かれていて、これはもう必見!
コミックス二十八冊に加えて、これを持っていればもう完璧?
夢を書くときに役立ちそうですよね………。
剣心秘伝 ― 原典・るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★☆
こちらは京都編までの事細かなストーリーや情報が収録されている一冊。
範囲が限定されている分、こちらの方がデータがより詳しいものになっていますね。
たとえば、京都編に出てくるキャラたちのプロフィールとか、それまでの戦歴とか。
ていうか、これこそ私が今求めているものでは………?
とにかく情報が詳しいのが売り。
上の『剣心華伝』が、るろ剣という作品の流れに着目する歴史書ならば、こちらの『剣心秘伝』は特定の時代に的を
絞った専門書?
この二冊をそろえた暁には、マスターと名乗っていいですか?(笑)
カラーページも豊富で、京都編がお気に入りの人はぜひとも手に入れておきたい一品。
でもやっぱり時代が区切られていると言うことで、謙虚に星は四つ。
内容は五つ星なんですけどねぇ。
幕末恋華・新撰組 PS2
★★★★☆
トップページでも紹介している、『うるるんクエスト 恋遊記』と同じ3Dの作品。
本格派歴史系恋愛アドベンチャーですね。
史実に沿った事件が起こる中で、女性隊士として新撰組に所属することになった主人公。
時代の荒波に翻弄されながらも、刀を取り、懸命に戦い生き抜いていくのです。
まさしくゲーム版ドリームですな。
なにぶん新撰組ですから、どうやったって悲恋になるだろうってキャラはいますが、訪れたEDに感動することは請
け合いです。
絵柄も綺麗ですし、声優陣も豪華なメンバーが揃っているので満足できると思いますよ?(しかもフルボイス)
ただ、D3という会社の方針として、『安価で攻略も簡単なものを』という目標? 理念? の元に製作された物です
から、攻略は簡単です。
人によっては物足りなさを感じてしまうかも?
そういった点では初心者向きですかねぇ。
ですが、近藤勇や沖田宗司、土方歳三などと、時代に全てを捧げて一心に生き、けれどもその一方で、どうするこ
ともできずに湧き上がる暖かな思い。
これはかなり胸にきます。
現代に生きる私たちには予想できない、様々な人間模様が用意されているかも。
個人的にはおすすめですが、やはり攻略の難易度が低いことを踏まえて、星は四つ。