22 折れたものは何か
それは、ともすれば盲目的な。
幼心に抱く、一種の恋のようなものだったのかもしれない。
気がつけば入り浸っていた家の道場。
目で追うのは兄の姿。
振るう木刀が空を裂く音は耳に心地よく、目に見えぬ鋭い空気に惹きつけられた。
今思えば、その傍には宗主である父の指導する姿もあっただろうに、なぜか幼い記憶に焼きついているのは兄の姿で。
自分で竹刀を握るようになれば、その思いは一層強くなった。
ただただ憧れて、必死でその背中を追ったころ。
まだ世界は狭く、立ち向かうべき壁は父と兄。
剣を交えることが楽しみで、越えることが目標だった。
『今日こそはぜったいに負けないっ!』
『ははは、妹に勝たれるようじゃ、兄の面目丸つぶれだ』
五つ上の兄の背は、ひどく高く遠くにあって。
結局、毎日のように口にしていたその宣言が果たされることはないままに。
十三の歳、その胸に確たる信念を秘めた子供は、家族の反対を押し切って家を出た。
母の悲しげな瞳や、父と兄の渋面を知りながら。
その手には、ただ一振りの刀。
それが持つ真の意味を、まだ知らぬままに。
混乱を極めんとしていた時代の波に足を踏み入れたことが、全てのはじまりだった。
「飛天御剣流 龍翔閃―――!」
尖角の巨体が宙を舞う。
地響きを立てて床に沈んだ男が身動きすることはしばらくないだろう。
完全に昏倒した尖角を一瞥することもなく、剣心は逆刃を構えて志々雄を見据えた。
「阿呆が。そんなでくの棒にまで情けをかけやがって。その甘さが命取りになるぞ」
「別に構わんさ……。後輩相手にそう気張ることもあるまい」
そう言いながら、剣心の眼光は刃物よりも鋭い。
射竦めるようなそれに含まれているのは、どうやら怒りばかりではないようだった。
先ほどの、と志々雄の会話。
明らかに顔見知りらしいその口ぶりに、疑念を抱かずにいられるわけがない。
その上、志々雄がを見るあの目がなぜだか無性にカンに障って。
私情にもほどがあるかと思いはするが、どうせ結果は変わらないのだからと気づかなかったことにした。
東京を離れてからこちら、いや、その少し以前から、自分の知らぬの姿がちらりちらりと見え隠れていることに気づかないわけではない。
そう、大久保卿と話をしたあの夜から。
それは、離れていた十年の時の重みを知らしめされているようで、見ているしかできない剣心は落ち着かない。
問いただそうにも、は元々自分のことを進んで話すような人間ではないし、その自身がなぜかそういった話題を避けてもいるようで。
結局は、すっきりしないものを抱えたまま、向こうから話してくれるのを待つしかないのだ。
「……剣を取れ、志々雄真実」
ここで決着をつけるのだと、暗に告げる。
いささか私情が混じってはいるが、それを抜きにしてでもこの怒りはおさまりそうにない。
この男が栄二たちの村にしてきたことは、どうやっても許せるはずがないのだ。
ましてやそれを理解するなど、到底できるわけがなかった。
剣心は、向ける剣気を一層強くすることで相手を促す。
けれど志々雄は動かなかった。
かわりと言ってはなんだけれど、背後で不意にドサリという音がして。
振り返ってみればここにはいないはずの操と栄二の姿が。
「見物はいいけどそばから離れない方がいいよ」と。
二人を見下ろしているが目に入る。
長い黒髪も、刀を携える様も。
昔とほとんど変わらない、彼女の………。
「今の、龍翔閃とかいう技………」
呟きのようなそれに視線を流した。
手を顎に、思案しているような志々雄。
それまでの余裕の笑みはなく、冷静な策士の思考をめぐらすその表情は、この男のもう一つの顔なのだろう。
激動の京を生き、十年の時を経た今、国家を揺るがし得た男。
その瞳は、伝説の人斬りが不殺の流浪人となった事実を目の当たりにしたことで、失望とほんの僅かな苛立ちをよぎらせている。
「―――そんなんで俺を倒そうなんて、百年早え」
昂然と言い放つ。
尊大な、ともすれば自信過剰とも取れるその言葉を。
しかし、嘲笑と共に否定できる人間はこの場にいなかった。
人を殺さぬと誓う剣心と、殺すことなどなんとも思わない志々雄と。
誰もが、それによってもたらされる結果を、あるいはその可能性を、少なからず察している。
剣心本人でさえも。
「―――お望みなら、私が代わるか?」
一瞬、その場にいた全員が口をつぐんだ僅かな沈黙の合間をぬって、飄々とした声が部屋の後方からあがった。
視線がそちらへと集まる。
長い黒髪を結い上げた、中性的な顔立ちの剣客。
腰に携えた刀に左手を添えて。
「幸いにも、私は剣心のように不殺を誓ってるわけじゃないんでね。つまらない思いをさせないだけの自信はあるさ」
どうする? と。
浮かべた笑みは凄絶だった。
それを真正面から向けられる志々雄の隣にいた由美は、背中に冷たい汗がつたうのを感じる。
口角を上げ、僅かに目を細めたそれは確かに笑みであるのに、感じるこれは恐怖。
それでも目を離すことができないのは、きっとあの瞳のせいなのだ。
闇色の、吸い込まれてしまいそうなほど深いそれ。
全てを射抜く光を宿し、一見真っ直ぐであるように見えるそれはしかし、その奥底に何か言い知れぬ、淀んだ闇のようなものを横たえているようにも見えて。
深い、深い、漆黒の闇が。
その瞳の奥に、息づいているような………。
「―――言ったはずだぜ。あんたには京に持て成しを用意してあるってな。こんな所で台無しにするなんざ、無粋ってもんだ」
ニヤリと笑んだ志々雄が鳴らした指の音に、の双眸に見入っていた由美ははっとして立ち上がった。
流した着物の裾をすりながら、背後に立ててあった屏風をたたんでいく。
その向こうに現れたのは―――
「京都で待っていてやるよ。俺とやるつもりなら、くだらねぇ不殺の誓いなんざさっさと捨てて、人斬りに戻ってから出なおして来な」
いずこかへと続く、下り階段。
剣心に向かって挑発的な言葉を吐いた志々雄は、そちらへと身体を流して。
「尻尾を巻いて逃げるのか」
「…………」
剣心の言葉に、志々雄の手が脇に立ててあった刀へと伸ばされた。
それを見た操が「あっ!」と警戒の声をあげる。
しかし、刀をつかんだ包帯だらけの手は彼女の予想をあっさり裏切り、見事な拵えのそれを正面の剣心に向かって勢いよく投げつけた―――ように見えた。
盛大に回転して空を切るそれを難なく避ける剣心。
かわりとばかりに事も無げに受け止めたのは、その後ろにいた宗次朗だった。
先ほどから傍観を決め込んでいた青年は、刀を手に少しだけ眉を上げる。
「宗次朗、俺のかわりに遊んでやれ」
「いいんですか?」
笑顔で尋ねる宗次朗に、志々雄はこくりと頷いて。
「ああ。龍翔閃とやらのお礼に、お前の天剣を見せてやれ」
不敵な笑みを浮かべたままに、一度だけへと視線を流した志々雄は、そのまま由美を伴って姿を消した。
剣心は宗次朗と対峙したまま動かない。
斎藤もも、その場を動くことはしなかった。
物怖じしない操だけが、早く後を追えと叫ぶけれど。
「―――ッ!?」
剣心が宗次朗へ向けて放った剣気にあてられ、へなへなと尻餅をつく。
何がおこったのかわからない顔でへたり込む操を、はちょいちょいと手招きして呼んだ。
四つん這いのまま近づいてきた彼女の腕をつかみ、引き起こして。
「とばっちり受けないところにいた方がいい。今回はちょっと、読みにくいから」
言いながらも、の意識は注意深く剣心と宗次朗の方へ向けられている。
殺気や闘気がないがゆえに、あの青年がどういう出方を取るのか察しにくいのだと。
操は斎藤が剣心に向かって語る言葉で、が言わんとしたことを理解した。
「………………」
「………すいません、早くしないと志々雄さんに追いつけなくなっちゃうんですけど」
僅かに困ったような色を滲ませた宗次朗の声を契機に、沈黙していた剣心が動きを見せる。
抜き放っていた逆刃刀を、鞘の中へと収めて。
「やはりそれだろうな。後の先が取れない相手なら、己の最速の剣で先の先を取るのが最良策だ」
左半身を引き、腰を落とした抜刀術の構え。
幕末において、抜刀斎の異名をとる要因となったそれは、まさに負けを知らぬ最強の剣。
並ぶべくもないはずのそれにしかし、対峙した青年は微笑んだまま言った。
「抜刀術、ですか。それじゃあ僕も」
何の違和感も感じさせず、刀を抜く構えを取る。
それは剣心と同じ抜刀術の構え。
抜刀斎と呼ばれた男を前に、大胆不敵にも真正面から勝負を挑んだも同然の行為。
「………………」
「………………」
身じろぐことすらはばかられるその場の空気に、操や栄二は圧倒され息を呑んだ。
じりじりと積み上げられていく時が、金縛りのように辺りを侵食してゆく。
長いのか短いのか。
判然としないその積み重ねが、対峙した二人のどちらからともなく作り上げていた臨界点を突破したとき―――。
ガ、ッキィイ―――ン………
すさまじい力が衝突する耳障りな音のすぐ後。
鋼の弾け折れる澄んだ響きを耳にして、その場の誰もが目を見開いた。
尖角との戦闘で荒れた畳に突き立ったのは、明暗の逆になった逆刃の刃先。
「勝負あり―――かな?」
「ああ、お互い戦闘不能で引き分けってとこだな」
斎藤の指摘に、宗次朗は自分の手にあった刀へと視線をやった。
折れてはいないまでも、修復不可能なほどに損傷を受けた刀身。
対する剣心の手にした逆刃刀は。
相手の刀を砕きつつも、無残な姿をそこに晒していた。
じんぐっべー、じんぐっべー、すっずっがーなるー。
そろそろクリスマスという文化が広まり始めた頃でしょうか。
おそらく剣心は知らないはず。ヒロインは微妙なところですなぁ。過去のことを考えると……いや、ゲフンゲフン。
斎藤は警察関係の付き合いなどで知っていそうですが、絶対に自分でしようとは思わないでしょう。
むしろ、くだらないとか言いそうです。
剣心組では、薫さんあたりが喜んでやりそう。
次回、ようやく京都入り。
New!るろうに剣心 ― ベスト・テーマ・コレクション ―
★★★★★
るろうに剣心アニメ版の初代オープニング「そばかす」から、京都編のエンディング「1/3の純情な感情」までを
すべて収録。
しかも、劇場版のエンディング「永遠の未来」と、劇場版公開記念につくられた「宿敵見参!」と「The十本刀」(笑)
が収められているこのCD!
かなりいいんですよ〜。
るろ剣のCDは何枚か持ってますけど、一番良いのはこれですかねぇ。
なんというか、余分なものは一切はぶいてって感じです。
歴代オープニング、エンディングのなかで一番気に入っているのは、剣心の声を演じられた涼風真世さんが歌う
「涙は知っている」。
さすが元宝塚歌劇団トップの涼風さんです。上手いんですよね、歌が。
もちろん他の曲も良いですよ。ああ、この曲覚えてる〜、と、当時流れていた映像なんかも思い出したりして。
で・す・が!
私が何よりオススメしたいのは、劇場公開記念の「宿敵見参!」と「The十本刀」なんです!
アニメタルが歌うこの二曲。そのタイトルどおり、京都編以前の剣心の敵キャラ(鵜堂靭衛とか)と十本刀のテーマ
ソングです。
一人ひとりの心の内を歌詞にしてるんですが、とにかくこれが胸にくる!
そのキャラが背負うモノを、とても短い歌詞の中にぎゅっと凝縮しているんですよね。
歌っているのは声優さんじゃないんですけど、とにかくその一つ一つにキャラの全てが詰まってるといっても過言
じゃありません。
もちろん、四乃森蒼紫や斎藤一のテーマソングもありますよ。
曲調がヘビーメタル調なので最初の頃は抵抗があったんですけど、何回か聞いているうちにこれが一番のお気に
入りになりました。
皆さんもぜひ、聞いてみてください。
剣心華伝 ― 全史るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★★
五年にわたる連載の、ぶっちゃけ話や裏話が満載のこの一冊。
原作者である和月伸宏氏の事細かなインタビューを中心に、描かれなかったエピソードの話や、全二十八巻の詳
しいストーリー、表紙イラスト。とにかく様々な裏情報が収録されています。
和月氏のインタビューの中には、この頃にはまだ決まっていなかった次回作に関するコメントも含まれているとか。
好きな人は注目ですね。
今更という感じもしますが、連載が終わって随分経った今だからこそ、逆に新鮮に感じるのではないでしょうか。
「ああ、そういえばこんなこともあったなぁ」 なんて感傷に浸ってみたりするのもオツかも。(笑)
そして何より私の心を掴んで離さないのは、るろ剣本編では語られなかった、キャラクターたちの その後 が収録
されてるということ。
剣心と薫の子供については、最終巻で和月氏が語っていらっしゃいましたよね。
ところがこれには、他のキャラたちの後日談が、オールカラーで収録されています。
五年後のエピソードで、左之助や恵はもちろん、斎藤や操に至るまで描かれていて、これはもう必見!
コミックス二十八冊に加えて、これを持っていればもう完璧?
夢を書くときに役立ちそうですよね………。
剣心秘伝 ― 原典・るろうに剣心 明治剣客浪漫譚 ―
★★★★☆
こちらは京都編までの事細かなストーリーや情報が収録されている一冊。
範囲が限定されている分、こちらの方がデータがより詳しいものになっていますね。
たとえば、京都編に出てくるキャラたちのプロフィールとか、それまでの戦歴とか。
ていうか、これこそ私が今求めているものでは………?
とにかく情報が詳しいのが売り。
上の『剣心華伝』が、るろ剣という作品の流れに着目する歴史書ならば、こちらの『剣心秘伝』は特定の時代に的を
絞った専門書?
この二冊をそろえた暁には、マスターと名乗っていいですか?(笑)
カラーページも豊富で、京都編がお気に入りの人はぜひとも手に入れておきたい一品。
でもやっぱり時代が区切られていると言うことで、謙虚に星は四つ。
内容は五つ星なんですけどねぇ。
幕末恋華・新撰組 PS2
★★★★☆
トップページでも紹介している、『うるるんクエスト 恋遊記』と同じ3Dの作品。
本格派歴史系恋愛アドベンチャーですね。
史実に沿った事件が起こる中で、女性隊士として新撰組に所属することになった主人公。
時代の荒波に翻弄されながらも、刀を取り、懸命に戦い生き抜いていくのです。
まさしくゲーム版ドリームですな。
なにぶん新撰組ですから、どうやったって悲恋になるだろうってキャラはいますが、訪れたEDに感動することは請
け合いです。
絵柄も綺麗ですし、声優陣も豪華なメンバーが揃っているので満足できると思いますよ?(しかもフルボイス)
ただ、D3という会社の方針として、『安価で攻略も簡単なものを』という目標? 理念? の元に製作された物です
から、攻略は簡単です。
人によっては物足りなさを感じてしまうかも?
そういった点では初心者向きですかねぇ。
ですが、近藤勇や沖田宗司、土方歳三などと、時代に全てを捧げて一心に生き、けれどもその一方で、どうするこ
ともできずに湧き上がる暖かな思い。
これはかなり胸にきます。
現代に生きる私たちには予想できない、様々な人間模様が用意されているかも。
個人的にはおすすめですが、やはり攻略の難易度が低いことを踏まえて、星は四つ。