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 9 空飛ぶほうき






 これまで一度としてやったことのないものを、ぶっつけ本番でいきなり出来てしまうということは。




 ………嬉しいを通り越して、逆に気味が悪かった。








 初めての飛行訓練の日。

 急遽スリザリンとの合同授業となり、ハリーたちの気分はわずかに削がれてしまっていた。

 魔法薬学の授業のときもそうだったが、スリザリンの寮生というのは皆総じて感じが悪い。
 その中でも特筆して根性のひねくれているのがドラコ・マルフォイで、グリフィンドールといわずハッフルパフやレイブンクローでもその悪名は評判だった。
 彼がいる限り、平穏無事な授業はありえないと思っていて間違いない。

 とは言うものの、やはり楽しみなものは楽しみで。

 午後になると皆いそいそとグラウンドに集まり、担当教諭のマダム・フーチの到着を今か今かと待っていた。


「ねえ、。あなた、箒に乗ったことある?」


 ぎりぎりまで教本を読んでいたハーマイオニーが、隣のにふと尋ねた。
 ぼんやりとしていたはそれに首を横に振る。


「箒を掃除以外の目的で使おうと思ったこともないわ」


 せいぜい、手の届かない場所に入り込んだものを取り出すときに使うぐらいか。
 ハーマイオニーは緊張した面持ちで既に並べられてあった箒の列を見やり、ぐっと両手を握り合わせる。


「私、色んな本を読んだのよ。でもこればっかりは、実際にやるのとは違うと思うの」

「そうね」

「あなた知ってる? 箒ってそれぞれに個性があるんですって。扱いにくいものや扱いやすいものや……。学校の箒はどうなのかしら」

「さあ」

「怖がるのが一番よくないのよ。箒が敏感に感じ取るの。いつも堂々と、毅然としておかなくちゃ」

「それは大変」


 ちっともそう思ってなさそうなのその答えを最後に、それまで不安を打ち消すようにしゃべり続けていたハーマイオニーが、不意に言葉を切って隣を振り返った。
 じっとの横顔を見つめる。


「………なに?」


 視線に気づいたがそちらを向くと、ハーマイオニーは難しい顔をして腕を組んだ。
 そして言う。


「あなた、不安じゃないの?」

「不安よ」


 さらりと返す
 不安がっているようには到底見えない。


「じゃあどうしてそんなに落ち着いていられるの? 空を飛ぶのは初めてなんでしょう?」

「うん。でも、やる前からそんなに気をもんでも仕方がないから」

「出来なかったらどうしようとか思わないわけ?」

「どうしようもないもの」


 それを聞いたハーマイオニーは、言葉もないとばかりに首を振った。

 実は女子寮の同室である二人。
 は口数が多いほうではないらしく、またハーマイオニーもしょっちゅう教科書を読んでいるので、お互いのことはまだそれほど知っているわけではなかったけれど。


「あなた、変わってるって言われない?」

「よく言われる」


 自覚があったということに、ハーマイオニーは妙な安堵感を覚えた。

 と、そうこうしているうちにマダム・フーチがグラウンドに現れて、わいわい騒いでいる一年生たちにすぐさま箒の右側に立つよう指示を飛ばした。
 ガミガミしたその口調に全員が慌てて指示に従う。

 マダム・フーチの授業は一切の間を開けることなく、そのままの流れで有無を言わさず始まった。


「右手を箒の上に突き出して、そして『上がれ!』という」


 ここまでは何の講釈もなしだ。
 どうやらマダム・フーチはせっかちな人らしい。
 きびきびとしていていかにもスポーツ系だという印象を受ける。

 グリフィンドールもスリザリンも、マダム・フーチの掛け声と共に一斉に上がれと叫んだ。
 しかし言うことを聞いてくれる箒は少ない。
 ハリーとマルフォイと、ほか若干名の箒だけが一度の指示で右手の中に収まったようだ。
 ハーマイオニーの箒は、地面の上でころりと転がっている。

 かく言うも、皆が一心不乱に『上がれ!』と叫んでいるのを尻目に、足元に転がっている箒を無表情に見つめ、ボツリと一言「上がれ」と呟いただけでその手の中に箒を収めた。


「……………」


 ひとりでに浮かび上がった箒に、わずかに眉間に皺を寄せる
 奇妙な感触。
 自分はただ一言呟いただけなのに、なぜこの箒は浮き上がるのか。


「どうかしましたか、ミス・


 見回りに来たマダム・フーチが、あまりにもじっと手の中の箒を見つめているを不思議に思い声をかけた。
 しかしはふるりと首を横に振って。


「いえ、別に」


 ただちょっと、色んなことが疑わしかっただけで………とは、が口にすることはなかった。

 そしてようやく全員が箒を手にすることができたのを確認すると、マダム・フーチは次に、飛行するのに必要な初歩的な説明を始めた。
 箒の柄から滑り落ちないようにするまたがり方、箒の握り方。
 生徒一人ひとりを回って注意を施し、そしてとうとう実際に飛ぶように指示を出す。


「いいですか、私が笛を吹いたら地面を蹴るんですよ。一、二―――」


 さあ吹くぞ、と誰もが身構えた時。


「う、わ………、わわわ!」


 グリフィンドールの列から、そんな情けない悲鳴と共に一つの影がふわりと飛び出した。
 真っ青な顔で箒にしがみついているのは、ネビル・ロングボトム。


「ネビル!」

「た、たぁすけてぇ〜………」


 ネビルの叫びはドップラー効果でどんどん遠ざかっていく。
 箒がものすごい勢いで上昇しているのだ。
 皆は箒を手にしたまま、どんどん小さくなっていくネビルの姿を見上げるしかない。


「こら、戻ってきなさい!」


 マダム・フーチはそう叫ぶけれど、それができれば苦労はしないとは思った。
 むしろネビルも戻ってきたいのは山々だろう。
 しかし箒はどこ吹く風で、ぐんぐんぐんぐん高度を上げて。


「―――っ!」


 ぐらりと、ネビルの身体が傾いた瞬間だった。


!?」


 ハリーらしき人のあげた驚きの声は、一瞬のうちに後方へと消え去る。
 否。自身の身体が本人の意思に反し、ものすごいスピードで前進しているのだ。

 箒にまたがり、足は地面についてはいない。
 キャーキャーと皆があげる悲鳴を遠くに聞いて、を乗せた箒は地面すれすれを滑空し、ネビルの落ちてくる下まで来ると突然上方へと進路を変えた。
 思いがけない方向転換とその推進力での身体が後ろに反る。

 しかし驚いている暇などなかった。
 いったい自分はどうやってこんなことをしているのかさっぱりだったが、目の前には真上から落ちてくるネビルの身体が迫っていて。


「―――っ」


 空中で二人の身体はぶつかり、もつれたまま地面へと落下した。
 の手を離れた箒だけが、そのままの勢いで一直線に上空へと駆け上る。

 その一部始終を目撃した全員が、慌てて地面に倒れたままの二人の下へと駆け寄って。


「大丈夫ですか!? 二人とも!」


 真っ青な顔で叫ぶマダム・フーチ。
 先に身じろぎしたのはネビルのほうで。


「い、ててて………、ぼ、ぼくは、平気です」


 頭をさすりながら、それでも何とか起き上がる。
 マダム・フーチはそれに安堵して、すぐさま隣のへと目を移した。


、あなたは?」

「………………」

?」


 身体は起こしたものの俯いたまま何も言わないに、マダムは訝しげに顔を覗き込んだ。
 は左腕を抱え込んでいる。


「腕を怪我したのですか? どれ、見せてみなさい」


 沈黙したまま顔も上げないの腕を、マダム・フーチは半ば強制的に診察する。
 そして怪我の具合を確認するや否や、眉をひそめて。


「あーあー、腕の骨が折れてる。まったく、あんな無茶をするからです。これくらいで済んだのは奇跡ですよ。さあ、医務室へ行きましょう。ネビル、あなたも念のために一緒にいらっしゃい」


 の肩を抱いて立たせると、マダム・フーチはその場を去る前に、ざわめいている生徒たちに向かって厳しい声音でぐさりと釘を刺した。
 自分がいない間に少しでも飛ぶようなことがあれば、ホグワーツを出て行ってもらうことになる、と。


、大丈夫?」


 通り過ぎざまハリーが心配そうに声をかけたが、は顔をあげて頷いただけで、その顔には珍しく辛そうな表情を浮かべていた。
 その後に続くネビルは、自分のこと以上に真っ青な顔色をして、おろおろとの様子を気遣うばかりで。

 ハーマイオニーや他のグリフィンドール生たちも、医務室へ向かうの背中に心配そうな視線を送っていた。





2006/01/14 up

医務室送りになるヒロインさん。
骨をぽっきりいったのは、きっと初体験。


――― 勝手にうんちく いちがつじゅうよっか ―――

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