★ シリーズ第6作『ハリーポッターと謎のプリンス』日本語版の発売日迫る! 2006/5/17の水曜日が運命の日。
          とうとう六年生になったハリー。恋の行方は? プリンスの正体は? ハリーたちのたどり着く先を見届けるのはあなた! ★







 16 不審、不信






 スネイプほど最悪な教師はいない。

 ハリーは憮然としてそう思った。


 ただちょっと、本を持って中庭に出ただけなのに。
 図書館の本を校外に持ちだしてはいけないという、本当にあるのかどうかさえ分からないような規則で五点減点された上に、本まで取り上げられてしまった。
 ハーマイオニーに借りた『クィディッチ今昔』というそれは、デビュー戦を明日に控えた緊張を紛らわせるのに最適だったというのに。
 下手に口答えすればどんな理由で減点されるかもしれないので、その場に一緒にいたロンもハーマイオニーも、結局スネイプを見送ることしか出来なかった。

 その後、怪我をしているのかスネイプが足を引きずっているのを見たロンが、


「ものすごく痛いといいよな」


 と言ったことに、頷かずにはいられない。
 思えば入学した時からそうだった。
 スネイプの自分を見る視線には、憎悪がこもっているように思えてならない。
 恨みを買うようなことをした覚えなどこれっぽっちもないというのに、この扱いは一体どういうことなのか。

 もっともなその疑問と共に、ちょっとばかり憎しみを抱いてしまったとしても、なんら理不尽なことはないだろうと思った。
 むしろおつりが来るぐらいだ。
 目の仇にされる覚えはない。
 それならどうして、自分がびくびくしなけりゃいけないんだ。

 ふと湧き上がってきたほのかな怒りに、ハリーはグリフィンドールの談話室を後にした。
 ロンとハーマイオニーに、本を返してもらいに行ってくると告げて。

 そうして勇んで向かった先の職員室で、はからずもフィルチに足の怪我を治療してもらうスネイプの姿を目撃してしまい。
 目的を果たす前に激昂した彼によって追い返されるのは、このしばらく後の話。









 足元にまとわりついてくる彼女を見下ろして。


「………こんにちは、ミセス・ノリス」


 はとりあえず挨拶した。

 ここは職員室近くの廊下。
 は昨夜の天文観測に使った望遠鏡を、先生の部屋に返してきたところだった。
 そこから寮へ帰る途中の廊下で、ミセス・ノリスと鉢合わせて。

 彼女はいつかの夜のように、しばらくをじっと見上げた後、おもむろに身体を擦り付けてきたのだ。
 なんとなく邪険にするのも憚られたので、はかがみこんでミセス・ノリスの頭を撫でてやる。
 すると彼女は、気持ち良さそうにごろごろと喉を鳴らした。


「今日もご主人様を呼ばないのね。お仕事は休憩中?」


 尋ねてみても答える声はない。
 まだ就寝時間には遠い時間帯ではあるが、日の落ちたホグワーツの廊下を行く人影は見当たらなかった。

 きっと、今のこの光景を目撃したならば、誰もが目を疑うに違いない。
 あのミセス・ノリスが、普通の猫のように生徒に撫でられているところなど。
 おそらくは飼い主のフィルチでさえも、目をむくことだろう。

 しばらくは大人しく撫でられていたミセス・ノリスだったが、不意に身じろぎしたかと思うと、しゃがんでいるの脇をすっと通り抜けてしまった。
 それを追っては振り返るが、ミセス・ノリスは軽快な足取りで廊下の向こうへ消えてしまう。
 普通の猫と同じように、どうやら彼女も気まぐれらしい。

 その後ろ姿を見送ったは、立ち上がってローブの裾を軽く払った。
 さあ、はやく寮へ戻ろう。
 そうしないと、また心配したハーマイオニーがものすごい勢いで探しにくるかもしれない。

 そう思い、踵を返そうとしたのだけれど。


「お、お、おや。君じゃ、ないか………」

「クィレル先生」


 ミセス・ノリスが消えていった方向から、紫色のターバンを頭に巻いた、気弱、弱腰、挙動不審の権化のような、闇の魔術に対する防衛術の教師、クィレル先生が現れたのだ。
 呼び止められ、はそちらへ向き直る。
 あいかわらず顔色は悪く、びくびくおどおどと落ち着きがない。
 生徒であるを前にしても、その引け腰な態度は変わらなかった。
 もしかして対人恐怖症なのだろうか。


「こ、こんな所で、な、な、何をしているんだい?」


 どもりながら引きつった笑みを浮かべるクィレル。
 顔面神経痛なのかもしれない。

 至極真面目にそう考えたは、借りていた教材を返してきたのだと答えた。
 クィレルはのその淡々とした口調に反応したのか、より一層びくびくしながら不審な身動きを繰り返す。


「き、君の事情は、ダンブルドア校長から聞いているよ。た、た、大変だね………」

「いえ」


 苦悶しているように見えなくもない、引きつった笑みを浮かべるクィレルに終始無表情な
 この二人が対峙していると、見ようによってはがクィレルをいじめているように見えなくもない。

 若干十一歳のだが、その落ち着きぶりは大人顔負けだ。
 むしろ、子供としてと言うよりは人間として、もう少し驚いたり動揺したりしたほうがいいかもしれないぐらいで。

 対してクィレルはと言えば、ホグワーツの教師でなければ単なる挙動不審の変なおじさん以外の何者でもないだろう。
 お互いに両極端なのだ。


「だ、だが君は、ず、ず、随分と優秀だそうだから、き、きっとその才能を見出した校長も、誇りに思って、いるだろうね」

「はあ」


 優秀と言う単語に耳慣れないは、曖昧に頷く。
 魔女だという事実に今さら往生際悪く疑問を抱くつもりはないが、ホグワーツでの自分への評価は、いささか間違っているのではないかと思っているである。
 確かにここで勉強するようになってから、何故だか自分の知らないことまでほいほい出来てしまったりするのだけれども。
 本当に優秀な生徒は、無意識に先生を浮かせたりなんてことなど、しないと思うのだ。

 だからは、首は傾げないまでも切れの悪い返事を返した。
 けれど。


「本当に………本当に、君は優秀だよ。噂なんて聞くまでもなく、君のその強い魔力が伝わってくる………」


 不意に目の前の相手の雰囲気が変わった気がして、視線を上げた。
 紫色の不恰好なターバンを巻いた、血色の悪い顔。
 引きつった笑みを浮かべるその表情は変わっていないのに、まとう空気がどこかおかしい。


「クィレル先せ………」


 先生、と。そう呼びかける前に、は全身の毛がザッと逆立つのを感じた。
 いや、違う。
 逆立ったのは皮膚の下。
 身体全体をめぐる"何か"が、ひどくざわめいている。

 は僅かに眉をしかめて、無意識のうちに一歩足を引いた。
 この感覚は、いったいなんなのか。


「とても……そう、とても強い力だ。魔性のものを惹きつけてやまない………。まったく、君がマグル出身だなんて、悪い冗談のようだよ」


 クィレルは熱に浮かされているような口調で言葉をもらす。
 が足を引けば、クィレルは一歩踏み出して。

 いつのまにか、あの筋肉痛にでもなりそうな不自然な笑みは消えていた。
 代わりにあるのはとても自然な、けれどどこか冷たい印象を受ける笑み。


「………私の両親は、マグルです」

「ああ、知っているよ。でなければ君は、幼い頃からたった一人で暮らすこともなかった」


 後ずさりながらもいつもの調子で毅然と言ったに、クィレルはどもることもなく返す。
 ゆっくりと、その足をのほうへと進めながら。


「その魔力、魔性のモノとの相性。どれをとっても申し分ない。君自身、まだ自覚しきれていないようだが………。なんのことはない、初めからマグルになど理解できるはずがないのだ」

「………触らないで」


 とうとう廊下の壁に追い詰められたは、手を伸ばそうとするクィレルを睨みつけた。

 珍しく浮かんだ表情は嫌悪。
 それがクィレルに対するものなのか、それともこの全身で何かがざわめく奇妙な感覚に対するものなのか、本人にもはっきりとしない。
 けれど間違いなく、この目の前の人間が近づくことで、理解できない焦燥感のようなものが増しているのは事実だった。

 まるで、グラスに水を注いでいくかのように。
 それは見る間に水面をせり上げ、その量はとどまることなく増え続けていく。
 膨らんでいく質量。水源を止める術も知らない。

 体内で増していくモノを、は完全に持て余していた。
 どうすることも出来ない。ただただ、無尽蔵に増えようとするそれに、強烈な焦りと目の眩むような昂揚感が思考を埋める。

 これが溢れ出せばどうなるのか。

 は知らなかったが、己の意志を無視してその存在を示そうとするそれに、そしてそれを促している要因に、目の前の元凶に、激しい拒否反応を抱いていた。

 これ以上、近づきたくはない。


「君は………」

「―――っ触らないで!」


 パァンッ―――!

 傍にあった格子のついた窓ガラスが、突然澄んだ音をたてて弾け飛ぶ。
 廊下に並ぶ松明の炎のことごとくが掻き消え、宙を舞うガラス片が月の光を受けてきらきらと輝く。

 魔力の暴走。

 から溢れ出した力が、目的を得られずに行き場を失って辺りを荒らす。
 それでも収まりきらない魔力は、風となっての周りに逆巻いた。

 クィレルを睨みつけているには何の自覚もない。
 ただ彼との距離が縮まるたびに、身体の中のざわめく感覚がその強さを増して。

 クィレルは突然起こったポルターガイストに驚いたようだったが、それでもの前から去ろうとはしなかった。
 夜の暗闇が下りた辺りを見回して、すぐにを見下ろす。


「君の、その力が………」

「―――ポッター!」


 バタンッ!! と。

 突然、木戸を蹴り開けるような激しい音が、たちのいる廊下の角の向こうから盛大に響いてきた。
 砕け散るその場の空気。
 咄嗟にクィレルももそちらを向く。

 すると、どこかで聞いたことのあるその怒声はさらに激しさを増して。


「出て行け! 失せろ!」


 その前になにやら聞こえたぼそぼそと言う声を掻き消し、およそ教師にはあるまじき言動と思われる単語を、なんのはばかりもなく絶叫した。
 一つの軽い足音がものすごい勢いで遠ざかっていく。
 もクィレルも、お互いにそのままの体勢で固まっている。
 顔だけは同じ方向を向けて。


「―――誰だ! そこにいるのはっ!?」


 するといきなり、角の向こうの人物は足音も高くこちらへと近づいてきた。
 高ぶった勢いのままに声を張り上げ、なぜか松明の消えている暗い廊下へと足を向ける。
 そうしてその角を曲がった先にいたのは。


「スネイプ先生………」


 はあっけに取られた様子でそちらを見る。
 怒りにこれ以上ないほど歪んでいたスネイプの表情は、クィレルとの二人を見止めた途端にまた別の感情によって歪んだ。
 ただでさえ鋭い目を、一層細めてきつく睨みすえる。


「………これはこれは、クィレル教授、それに。こんな時間にこんな場所で、一体何をなさっておいでか」


 先ほどまでの荒ぶるそれとは一変した、とても静かなその声。
 けれど抑えられたそれには、えもいわれぬ不気味さが漂っていた。
 口調は穏やかなのに、その目が全てを台無しにしている。
 不必要に鋭い眼光で、クィレルを串刺しよろしく刺し貫いて。


「なにやらここは随分な惨状だが………。もちろん、説明はしていただけるのでしょうな」


 ちらりと床に散らばった窓ガラスを見やる。
 は張り付いていた壁からようやく背中を離して、スネイプの方へと向き直った。


「これは………」

「わ、わ、私どもは何も知らないのですよ、ス、スネイプ教授。たたたまたま通りかかったら、こんなことになっていて………」


 は僅かに目を見開いて隣を見上げた。
 言葉を遮られたからでも、その内容が嘘八百だったからでもない。
 クィレルの様子が、いつものそれに戻っていたから。

 その顔つきも、あの顔面神経痛のごとき微妙な笑みが張り付いている。
 挙動不審な行動、言葉のどもり。
 どれをとってもいつもの彼で。

 一瞬前までの、あの普通の人と変わらない………いや、むしろ普通よりも冷たく鋭いような印象を受けるあの様子など、幻だったのではないかと思えるほどで。


「本当かね、

「は………」


 突然変貌したクィレルを呆然と見上げていたは、スネイプに問われて答えに窮した。

 クィレルの言っていることはすべて嘘っぱちだ。
 窓を割ったのも松明を消したのも、おそらくは自分のせい。
 一体なにが起こったのか良く分からなかったが、間違いなく自分たちがくる前まではこんな惨状ではなくて。

 しかしそれを口にすることを、何故だかは一瞬ためらってしまう。
 その一瞬の隙をついて、クィレルが先に口を開いた。


「で、で、では、私はこれで………あの、あ、明日の授業の準備を……しなくてはなりませんので。で、では」


 そう言い切るや否や、踵を返して逃げるように去っていってしまった。
 まるでトカゲかイモリのような素早さだった。

 残されたは、その後ろ姿を見つめる。
 いったい、さっきのあれは………。


「………あいつと何を話した」

「え?」


 その声に視線を戻せば、スネイプが杖を取り出したところだった。

 相変わらず不機嫌な顔をしたまま、呪文を唱えて一振りする。
 すると床に散らばっていたガラス片がすっと浮き上がり、まるでビデオのまき戻しを見ているかのように元の位置へと戻っていく。
 格子のはまった大きな窓がもとの姿を取り戻し、次にスネイプが杖を振ると、消えていた松明の炎が次々と灯った。
 辺りがオレンジ色の暖かな光に満ちる。


「一つだけ忠告してやろう、ミス・


 じろりとを見下ろして。


「あの男には近づかんことだ」

「…………なぜですか」


 少しだけ迷っては尋ねた。
 しかしスネイプは視線を外してしまう。


「理由を聞く必要はない。さっさと寮へ帰りたまえ」


 いつになく少ない口数で、スネイプはに背を向けた。
 そのまま職員室へ向かって歩き出す。

 はその後ろ姿を見て、彼が足を引きずっているのを見つけたのだけれど。
 クィレルが去ってから消えてしまったあのざわめきの余韻を感じて、左腕のローブをぎゅっと握ったのだった。






2006/03/26 up

怪しい二人に囲まれて。
ヒロインさんの力の片鱗がちらり。


――― 勝手にうんちく さんがつにじゅうろく ―――

★ 評価は五段階 ★

ハリーポッターと謎のプリンス 日本語版  ★★★★★
     待ちに待ったハリー・ポッターシリーズの第六作目の日本語版!
     ついに発売日決定です!(ドンドンパフー)
     原書に挑戦されている方も多々いらっしゃるようで、Web上では
     六巻の話題がまことしやかに交わされておりました。
     英語の出来ない人間にはまさに生き地獄!(←大袈裟)
     ああ、ですがしかし!
     ついにきたのですよ、皆さん! 来るべき日が!(笑)
     ここでは多くは語れません。
     ていうか、語る必要もないでしょう。(そしてネタもない)
     発売日は2006年5月17日の水曜日。
     確実に手に入れたい方は、予約をお勧めします。はい。


New!ハリー・ポッターと賢者の石 携帯版(B6サイズ)  ★★★★★
     みなさまご存知の『ハリー・ポッターと賢者の石』。
     あのミリオンセラー作品の第一作目です。
     今さらと思われるかもしれないですがこの携帯版は、これから買おうと思っている人、
     読み始めようか迷っている人、外でもハリポタ読みたいよう! という人にはぜひお勧めしたいです。
     内容はハードカバーの本とまったく変わりませんが、サイズが随分とコンパクトなんです。
     一度読み始めると止まらない面白さのハリポタ。
     しかし、通勤や通学の途中にバスや電車の中であのハードカバーの本を開くのは一苦労です。
     ていうかむしろ無謀。
     腕がぷるぷるします。 経験済みです、はい。
     そんなときに見つけたのがこの携帯版。
     文庫本の豪華版だと思ってください。
     サイズはB6で、表紙も新しくなっています。
     もちろんハードカバーの表紙の絵は、中にカラーページとして収録されていますのでご安心を。
     内容はハードカバーとまったく変わらず、コンパクトなサイズとなってあなたの外出先にお供してくれるのです。
     仕事場へも学校へも、旅先へも自由自在。

     「すごい人気だけど、まだ読んでないんだよねぇ」
     「ちょっと高いしなぁ……。どうしようかなぁ」

     という人にはお勧めしたい一品です。

     もうすでにハードカバーをお持ちの方も、そちらは家でまったりティータイムに。
     こちらの携帯版は、社会の喧騒に疲れた時の現実逃避に………。
     それぞれ使い分けてみるのもいいかもしれません。
     ハード・カバーは保存版に最適ですからねぇ。
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