5 屋上のある日






 ある日の放課後のこと。


 コンクールやらなんやらで、何かと忙しくなり始めていたころだった。
 準備室の机の上には、第一セレクションの準備に関する書類が山ほどつまれていたけれど、正直やる気なんておきるわけがなく。
 
 まだまだ日にちに余裕があるから、そんなに急がなくてもいいだろう。
 
 なんて、言い訳がましいことを一応考えながら。
 いつものように屋上に向かっていた。
 サンダルをパタパタいわせて、金澤は階段を上る。
 
 ポケットには煙草とライター。
 気分転換グッズをそろえて、くつろげる場所を探す。

 なるべく人のいないところがいい。
 質問なんてしてくるやつのいないところ。
 特に、コンクールの参加者がいないところが好ましい。
 月森とか志水とか。
 やたらと過去のコンクールについて聞いてくるから、正直鬱陶しい。

 ああ本当に、担当になんかなるんじゃなかった。

 ろくなことがないんだよ、マジで。

 胸中でそうぼやきながら屋上へ続く階段を上っていく金澤の耳に、ふと聞こえてきたのはかすかな音楽。
 弦楽器でも、管楽器でもなく。

 それは人の体からダイレクトに紡ぎだされる、紛れもない、歌声。

 だから足を止める。
 あきらかに練習中。
 誰のものかはすぐに見当がついた。
 声の質とかそんなことの前に、技術の面で。
 声楽専攻の生徒なら、一年生だってもっとマシな歌い方をする。


 ―――ああ、あいつか。


 そう考えて、後ろ頭を掻いた。
 必死な顔をして、楽譜を抱えているところを何度か見た。
 話をしたのは最初のあの一回きりで、それ以来、準備室に尋ねてくるどころか、音楽室で見かけることも無い。
 まあ普通科だから当然と言えば当然だが、放課後に学内をぶらぶらするとたまに見かけるくらいで、出現率からいったらあの目立たない内気な冬海より低い。
 そういえば、練習室以外で歌っているのを聴くのは初めてだと気づく。

 「…………」

 しばらく考えて、金澤は踵を返した。
 このまま行けば、なにか質問されるかもしれない。

 せっかく練習しているところを邪魔するのも悪いし、どこか他の場所を探そう。
 そう頭の中で言い繕って、もと来た階段を降りようとした。

 そのまま行ってしまえばよかったのに。

 いつものように。

 しかし次の瞬間、聴こえていた歌声に気づいてしまう。
 
 階段の先を振り仰ぐ。



 ―――何を考えているんだ、あいつは。



 何かに急かされるように、降りかけていた階段の残りを上りきる。


 どうするつもりだ。


 頭の中で、冷静な自分が声をあげた。


 音楽には、歌には二度と近付かないんじゃなかったのか。


 けれどその歌声は、身体の奥深くをひどく揺るがせて。
 僅かに眉間に皺が刻まれた。

 屋上の重い扉を躊躇することなく開ける。
 耳障りな音を響かせたが、先客は気づかないようだった。
 それほど集中しているのか、こちらに背を向けて歌声をつむいでいる。

 けれどそれを断ち切るように、ひとつ大きく手を打ち鳴らした。






 「ストーップ! やめろ、






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