3 回想 ver.
ほこりくさい。 煙草くさい。
それが第一印象。
コンクールのことを聞くために訪れた音楽準備室の主は、長い髪をいいかげんに後ろでまとめ、赤いピアスを光らせ無精ひげをたくわえた、よれた白衣の似合うおじさんだった。
とても教師とは思えないその風貌。
面倒くさいオーラを隠しもしないその言動。
―――何で俺がコンクールの担当なんかしなけりゃならんのよ。
そんなこと言われたって、こっちは自分のことでいっぱいいっぱいなんですけど。
コーヒーの強い芳香に負けることのない、染み付いた煙草の匂いが漂ってくる。
机の上には吸殻てんこもりの灰皿。
ここは音楽準備室ですよね?
体育教官室ではなく。
天羽ちゃんからは、金澤先生は声楽専門だって聞いていた。
それなのに、ヘビースモーカー?
………………変な人。やる気ない人。
これが第二印象。
―――俺のところには来るなよ。面倒見が悪いから。
ああ、そうでしょうとも。
そんな感じです。
何か頼みごとをすると、決まって眉間に皺がよるタイプ。
でも、困ったのは本当。
歌のレッスンをどうすればいいのか、わからない。
プライベートで習えばいいんだろうけど、それはできない。
いろいろ事情があるんです。
音楽科の先生に伝手があるわけでもなく。
こんなことを相談できるほど、親しい人が音楽科にいるわけがなく。
なんてったって、仲が悪い。
音楽科と普通科は、なぜかお互いに集団意識をもっていて。
普通科には、音楽科の特別意識を毛嫌いする人もいる。
独りでできる? やり方はわからないけれど。
中学の時に少しかじってたから、その時の感覚を頼りにするしかない。
先生は、俺を頼るなと言う。
独りでできる? やっていける?
ああでも、わたしに拒否権はないんだっけ。
頼れる人はいない。
独りでやるしかない。
先生の態度は職務怠慢だと感じるけれど、わたしは音楽科の生徒ではないわけだし。
先生にそんなことをいうのは、どこかお門違いな気がして。
だけど、独りで?
何の知識もない、わたしが?
不安が次第に大きくなっていく。
でも、これ以上ここにいても何にもならないし。
この先生に煩わしがられるのも、なんだか癪だったので。
わたしは押し付けられたコンクールの書類を抱えて出て行くことにした。
不意に、後ろから呼び止められる。
なんだろうと思って振り向くと、呼び止めた本人が、驚いたような、ばつが悪そうな顔をしていた。
続きの言葉を待ったけど、投げかけられたのはいかにもやる気のなさそうな態度と言動。
わたしはもう一度軽く礼をして、そのまま準備室を出て行った。