1 朝、目が覚めて 






 本当にそれは青天の霹靂。




 「、お弁当は持ったの?」
 「うん」

 靴をはきながら、後ろの声に答える。
 いつもの朝。
 いつもの制服と、いつもの鞄。
 だけどその中身は少し違う。

 「いってらっしゃい。車に気をつけてね」
 「いってきまーす」

 いつものように家を出た。
 家族は誰も知らない。
 わたしが学校で何をやっているのか。
 学校で、何が行われているのか。
 鞄の中には数冊の楽譜と、きらびやかな衣装。
 いつもの道、いつもの風景。
 だけどわたしを待つものは違う。

 緊張と、不安。

 車の行き交う交差点を渡り、同じ制服がどんどん増えてくる。
 長い坂を登って、見えてくる壮麗な校門。
 生徒たちが交わす朝の挨拶。
 他愛のない会話。

 いつもと同じ。
 多くの人にとっては、取りとめのない、なんでもない朝。

 けれどわたしにとっては特別な。
 そして間違いなく、人生最大の憂鬱な朝。

 心臓が、目覚めた直後から異常数値をはじき出している。
 おそらくこれから先も上昇傾向。

 妖精像を右手に見て、少し足早に歩いていく。
 普通科の校舎とは反対側。
 白い制服の率が高くなる方向へ。
 親しい友人とも顔をあわせず、わたしはたった一人で立ち向かう。
 孤立無縁、四面楚歌。

 ライバルの一人が言っていた。


 『コンクールは、自分との戦いだ』


 わたしが着ている普通科の制服がやたらと目立つ。
 ちくちくと、好奇の目に晒されて向かう先は音楽科の校舎。
 
 華やかな舞台で、スポットライトを浴びるために。
 ついこの間まで、平凡な普通科の学生だったわたしには、あまりにも遠すぎる未知の世界。






 ああ、誰か。


 夢ならそうと言ってほしい。






 朝起きるたび、幾度となく繰り返した心の叫びは、いまこの時になってその無意味さを思い知らされる。

 これは現実。紛れもない現実。

 わたしの先に待っているものは、ハイレベルなライバルたちと、射抜くような観客の視線。




 ――――腹を、くくらなければ。





 うつむきがちだった視線を、きっと前にすえる。










 今日は、学内コンクール、第一セレクション当日―――。











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