1 錬金術師が出没す






《この地上に生ける神の子らよ。祈り信じよ、されば救われん》


 野外に面したカウンターに腰掛け食事をとっていた三人の耳に、そんな言葉が飛び込んできた。
 機械を通した、少しひび割れた無機質な声。


《太陽の神レトは、汝らの足元を照らす。見よ、主はその御座から降って来られ、汝らをその諸々の罪から救う。私は太陽神の代理人にして汝らの父―――》


「………ラジオで宗教放送?」

「珍しいね。あ、アル、塩とって」

「はい」


 巨大な鎧の影になって見えなかったが、カウンターに腰掛け食事をとっている少女の言葉に、巨大な鎧が答えて塩を差し出す。


「神の代理人………って、なんだこりゃ?」

「いや、俺にとっちゃ、あんたらのほうが「なんだこりゃ」なんだが」


 カウンター越しに忙しく働いていたこの店の主人が、目の前でつぶやいた少年に向かってそう返した。
 まるで珍獣でも見るような顔つきで、でかい鎧とその横の少女と、そのまた横に座る赤いコートの少年を見ている。


「あんたら大道芸人かなんかかい?」

「ぶはっ」


 ちょうど飲みかけていたジュースが盛大に飛沫を上げた。


「エド、汚いよ」

「悪ぃ。けどよ、おっちゃん。オレ達のどこが大道芸人に見えるってんだよ」


 隣の少女から差し出されたハンカチで口元を拭いながら、少年が半眼で店主のおやじを見やる。


「いや、どう見てもそうとしか…………」


 彼の言うとおり、通りに接しているこの店の一角だけがやたら目を引いているのは、間違いなくこの三人のせいだろう。
 でっかい鎧とちっさい子供が二人。
 その組み合わせもしかりなのだが、しかし基本的に目を引いている要因は鎧かと思われた。
 そこら辺を走り回っている子供たちが興味津々に、鎧だー、でっけー、などと騒いでいる。


「ここいらじゃ見ない顔だな。旅行?」

「うん。ちょっとさがし物をね」


 すでに食べ終わった皿を押しやり、少年はストローをくわえたままカウンターに顎をついた。


「ところで、この放送なに?」


 店の軒の上に設置されたラジオをストローの先だけで指し、少年は店主に聞く。


「コーネロ様を知らんのかい?」

『…………誰?』


 まだ皿に料理が残っていた少女が、少年の呟きに重なって首をかしげた。
 そのことに店主が少々驚いた顔をする。


「あんたたち、双子か?」

「んあ? そうだけど」

「よくわかったね、おじさん。二卵性だからあんまり似てないのに」


 今度は少女の方に驚いた顔をされ、店主はまじまじと二人の顔を見直した。


「いや、十分似てると思うぞ。その金髪とか、目の色とか………ん? お嬢ちゃんのほうは片目の色が違うのか」

「え、あー、うん」


 少女は曖昧に頷きながら、左側の前髪を梳く仕草をする。
 銀色の瞳の上に、輝く金髪がおろされた。


「おっちゃん、それよりコーネロってのは?」

「おお、そうだそうだ。コーネロ教主様!」


 そのやり取りに割り込むように少年が口をはさむと、主人はぽんっと手を打って喋りだした。
 少女の方は、自分の皿に残っていた料理を片付けるため、視線をそちらへ落としてしまう。
 その横で巨大な鎧が自然な動作で身体を傾け、周囲の視線から少女を少しだけ遮った。


「―――ありゃ、本当に奇跡! 神の御業さね!」


 いつのまにやら店主だけでなく、その場にいた客たちも会話に加わり、口々に教主コーネロとやらを褒めちぎっている。
 質問したエドのことなど、一瞬本気で忘れていただろう。


「………って、聴いてねぇなボウズ」

「うん」


 とはいえやはり、質問しておきながら答えをろくに聞いていないというのは不愉快なもので。
 心底つまらなさげにダレている少年に、店主は小さな怒りの四つ角を浮かべる。


「宗教興味ないし。、終わったか?」

「ん。ごちそーさまでした」


 少女は一口水を口に含むと、行儀よく両手を合わせた。


「ごちそーさん。んじゃ、行くぞ」

「そうだね、兄さん」


 鎧が答え、少年の後に続いて席を立とうとした。





「あ」





 と声をあげたのは誰だったか。
 しかしそれは時すでに遅く。



 ごち。

 ばごっ。




「あ―――っ!!」


 そんな店主の叫びが木霊した。
 身を乗り出して指差す先には、先ほどから教主とやらの声を流し続けていたラジオ………の、残骸。


「ちょっとお!! 困るなお客さん! だいたいそんな格好で歩いてるから…………」

「悪ィ、悪ィ、すぐ直すから」


 憤慨して鎧を責める店主に手のひらを向けて、少年が苦笑いで答える。


「直すからって………」

「まぁ、見てなって」


 屈み込んでラジオの破片を拾い集めている鎧と少女を見下ろして、少年は余裕の表情でカウンターに寄りかかった。


「はい。こっちにも飛んでたよ」

「ありがとう、姉さん」


 少女が拾ってきた小さなネジを、鎧が書いている地面の模様の中へ入れる。


「―――よし!」


 手にしていたチョークを隣にいた少女に渡すと、鎧は立ち上がっておもむろに両手を陣の上にかざした。


「???」


 店主は訝しげな表情で、しきりに首をかしげている。


「そんじゃ、いきまーす」


 そう言うがはやいか。





 ボッ!!





「うわぁっ!?」


 陣そのものが、青白く鋭い光を放つ。
 一体なにをするのかと周囲で見物していた野次馬たちが、それに驚いて咄嗟に目を庇った。


「な………」

「これでいいかな?」


 言葉を失う店主に対し、少年は地面のそれを指差して不敵に笑った。
 そこには、壊れる以前とまったく変わらない様子で、教主の言葉を流し続けるラジオの姿。


「きれいにできたね」

「うん。上出来」


 などと、鎧と少女が朗らかに言っている。


「………こりゃおどろいた」


 当事者である三人を除き、その場にいた衆人の全てが呆然とラジオを眺めていた。店主がようやく口を開く。


「あんた、「奇跡の業」がつかえるのかい!?」

「なんだそりゃ」


 店主の口をついて出た言葉に、少年は眉根を寄せて呆れたような顔をした。


「ボク達、錬金術師ですよ」

「今つかったのも錬金術で」


「エルリック兄妹って言やぁ、けっこう名が通ってるんだけどね」


 その言葉に、一瞬で周囲がざわめく。


「エルリック………エルリック兄妹だと?」

「ああ、聞いたことあるぞ!」


 ざわめきは次第に大きくなってゆき、少年は誇らしげに腕を組んでその様子を見守った。
 少女の方は、少々困ったような苦笑いを浮かべている。


「兄の方と妹が、国家錬金術師とかいう………」


「” 鋼の錬金術師 ” エドワード・エルリックと、 ” 白銀の錬金術師 ” ・エルリック!!」


 衆人の中からあがった声は、すぐさまおこった周囲の動きと連動して大きくなった。
 遠巻きにしていた人々が、いっせいに駆け寄ってくる。
 少年はその動きを予想していたかのように構えていたのだが………。


「いやぁ、あんたがあの噂の天才錬金術師!」

「てこたぁ、あんたが白銀の錬金術師か!」

「なるほど! こんな鎧を着てるからふたつ名が ” 鋼 ” なのか!」

「お嬢ちゃんはなんだって白銀なんだ?」


 わいわいがやがやと。

 人々が群がったのは金髪の少年ではなく、片割れの少女とでっかい鎧のほうだった。
 なんとも言えない虚しい風が、少年に吹きつける。


「あ、あの、アルじゃなくて………」

「そう、ボクじゃなくて」


 少女があわてて両手をふり、鎧が人だかりの向こうを指差した。
 人々はきょとんとしてそちらを見る。

 影の落ちた背中、誇らしげに組んでいた腕がそこはかとなく寂しい。
 そして衆人の中の一人が、不用意に口を滑らせてしまった。


「へ? あのちっこいの?」



 ビシリ、と。



 聞こえるはずのない音が少年の額のあたりから聞こえた気がした。


「あ………っ」

「それ、禁句…………」


 少女と鎧は止めようとしたが、それも後の祭り。


誰が豆つぶドちびか―――ッ!!


 どこから持ってきたのやら。
 食器やら食材やらを巻き上げて、少年は見ず知らずの野次馬たちにキレた。


「エドっ、エド、落ち着いて!」


 苦笑を浮かべながら、少女があばれる兄を押さえにかかる。
 人々はおののきながら、怒りの中心から身を遠ざけた。


「ボクは弟のアルフォンス・エルリックでーす」

「オレが! 鋼の錬金術師! エドワード・エルリック!!」


 少年―――エドワードはに身体を押さえられながらも、噛みつかんばかりの勢いで周囲に名乗りをあげる。
 近づくと殺されそうな形相で。


「これでも長男なんだよねー。姉さんのほうが年上みたいだけど」

「それを言うなら、アルのほうがよっぽど落ち着いててお兄さんっぽいと思うけど」


 しかし兄妹ゆえなのか。
 恐れ知らずにも、鎧アルフォンスと金髪の片割れは、怒れる兄を差し置いて、あははと笑って言葉を交わす。
 その会話に、思わず周囲のその他大勢も、うんうんと頷いてしまった。


「〜〜〜おまえら………ちょっとは兄を尊重しろ―――ッ!」


 弟妹たちの物言いと、周囲のあまりの反応に再びエドの怒りが爆発し、出所不明の品々が宙に散乱したとき、それまでなかったかわいらしい声が、その場の空気を一新するかのように朗らかに響いた。


「こんにちは、おじさん。あら、今日はなんだかにぎやかね」

「おっ、いらっしゃいロゼ」


 店主がほっとしたようにそちらへ答える。
 騒ぎの源であるエドやアル、も声のした方を見やった。
 ピンク色の髪をした、かわいらしい女の子だ。


「今日も教会に?」

「ええ、お供え物を」


 財布からお金を出し店主に渡しながら、ロゼはその場にいたエドたちに目をとめて微笑んだ。


「あら、見慣れない方たちが………」

「錬金術師さんだとよ。さがし物をしているそうだ」


 品物をつめながら店主が答える。
 ロゼと視線が合ったは、ぺこりとお辞儀をした。


「探し物、見つかるといいですね。レト神のご加護がありますように!」


 ロゼはそう言ってやさしく笑うと、品物を受け取って走っていく。
 その後ろ姿を見送りながら、客の一人がしみじみと呟いた。


「ロゼもすっかり明るくなったなぁ」

「ああ、これも教主様のおかげだ」

「へぇ?」


 話の内容にエドが興味深げな視線を送る。
 隣でとアルも耳を傾けた。

 その内容によれば、どうやらロゼは身寄りのない独り者なのだが、昨年に恋人まで事故で失ってしまったらしい。
 そして、絶望に打ちひしがれ、どん底にいたロゼを救ったというのが、コーネロ教主の教えだったというのだ。
 生きる者には不滅の魂を、死せる者には復活を与える。

 そう語る人々は、その証拠が神の御業なのだと熱っぽく語った。


「死せる者には復活を、ね………」

「うさん臭ェな」


 ひとしきり話を聞いたあとで、エドとが誰に言うともなくぼそりと呟く。アルフォンスはそんな兄と姉の様子を見て、何かを考えるように視線をうつむけた。





2005/02/10 up




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